2017年6月24日土曜日

失恋 ―重ねる言葉は空虚に響く

 甘い言葉に騙されるのはもうたくさんだ。

「まさかの制服デートをしてくれるとは、ね」
 理解し難い思考だ。
 この男は浮気を重ねている。

「制服可愛いなぁ。君のことが一番なんだ、よ」
 別にその程度の男なのだ。
 坂崎賢太郎はサッカー部のエースストライカーで、チームプレーより独善的なプレーを好む。飛び抜けた才能と甘めのルックスで周囲からの眼差しをほしいままにしている。
 野性味のある彼の瞳は、世代を問わず女子たちからは人気があった。

 里伽子は腕組みをしてイスに深く腰掛けていた。足を組み替える。切れ長の目、風になびく長い黒髪。憂いの表情は自戒の念を込めているように見えた。
 対する坂崎はニマニマと頬を緩ませて空虚な言葉を重ね続ける。
 なぜ放課後に、この男と一緒にオープンカフェに来ているのだろう。里伽子は気が滅入ってきた。
「私にとってお前は30億番目くらいだがな」
「つれないなぁ。話を聞きたいって言ったのは君じゃないか」

「―私はただ、お前が何人の女と付き合っているのかをハッキリさせたいだけだ…」

「そんなの… 君だけだ、よ」
 一瞬の言い淀み。

 暮れていく陽と過ぎ去る人の波。
 冷めたホットコーヒーに氷の溶けたアイスカフェオレ。里伽子の側に食べ終わったケーキの皿が置いてある。
 一汗流した後の坂崎は確かに色気があった。里伽子はなるほどと思う。この強引さやルックスがあれば世の女たちは簡単に騙される。
 クラスメイトの女たちの行動や思考を顧みれば解ることだ。大半の女が誘われればついていくだろう。かく言う自分もこうしてテーブルを囲まなければならない事態に陥っているのだから。
 もっとも、せめてもの抵抗で身体は公道のほうに向けていたが。

「同時に3人と付き合っているらしいな?」
「みんな、ただの友だちさ」
「そんなことを繰り返していれば最終的に誰もが離れていくんじゃないのか?」
「やだなぁ。俺は誰に対しても平等なんだから、さ」
 片目をつぶって口の端を上げる坂崎。

「ってかストーカーまがいのことする里伽子ちゃんだって悪いよ? 浮気しまくりの色情魔みたいに言わないでくれるかい?」
 テーブルの上には写真が2枚置いてあった。スマホで撮影した写真をプリントしたものだ。坂崎が見知らぬ女とカラオケボックスに入っていく様子や、また別の見知らぬ女が自らの家に坂崎を招き入れる様子が写し出されている。
 里伽子が持ってきた写真を見ても坂崎は動じない。決定的な浮気の証拠写真というには根拠が薄弱だと主張するのだ。
 どこからが浮気なのかの線引などを議論したいわけじゃないし、彼が認めないのならそれでもいい。
 里伽子には坂崎に期待することなど何もないのだ。
 誠意も開き直りも意味はない。
「ただ誤解があるのなら正さねばな」
「そうだよ、里伽子ちゃん。こんなの浮気の範疇じゃないんだって。俺は君だけだ、よぅ?」
 甘い言葉に騙されるのはもうたくさんだ。
 里伽子は冷めたコーヒーを飲み干す。

「苦いな…。私はただ… お前のことを…」
「いいんだって。やり直そう? 俺たち…」

「何とも思っていないんだ」

「週末にデートでも… へ?」
 坂崎は顔をくしゃくしゃにして口をいろんな形に変えた。頭の上にハテナマークを浮かべている。

「だいたいの事情は解った。だがこれでは記事にならんな。私はただケーキを奢ってくれるというので付いて来ただけだ」
 浮気の線引きの問題であって、彼にしてみれば遊んでいるだけでも、大勢の女からは浮気に見えるわけだ。当然と言えば当然で何の感想もない。
 新聞部に売るいいネタになると思っていたが、大した情報はなかった。甘い誘い文句に乗る自分が悪いのだ。

「何をやり直すか知らんが“取材”で付きまとって悪かったな」
 里伽子は席を立つ。
 次からはチョコレートケーキの甘言に惑わされないようにしよう。