2016年12月31日土曜日

律の見た予知夢は当たらない(6)

 中田茉那美は呆れている。
 律はあの頃から成長していないのだ。背丈ばかり伸びて頭の回転は変わっていないと評価した。今までどんな家庭教師が横についていたのだろう。よほどの能無しなのか。知能指数が上がれば絵の才能だってもっと引き伸ばせるはずだ。それなのに3年前と変わらず子どものままだった。
 少しばかりショックを受けた。もう少し賢い娘だと思っていたから。
 それもこれも、この鳥かごのような環境が悪いのかと思い直した。

 茉那美と胡桃はいざこざのあった廊下から一旦、ゲストルームに戻った。このゲストルームの隣が律の部屋になる。
 真田幸晴が帰宅したとメイドから聞いて、律が廊下に出た瞬間に親子喧嘩が始まった。メイドが報告しに来るのとほぼ同じ速度で、律の蛮行を聞きつけた幸晴が飛んできたようだ。
 喧嘩が始まってしまえば茉那美のすることはなくなる。せいぜい成り行きを見守るくらいだ。

「帰れ帰れ帰れ!」
 真田幸晴は指を差しながら茉那美に詰め寄ってくる。この男のことは始めから気に食わなかった。律の教育をことごとく間違えてきた男だ。唯一、茉那美に声をかけてきたことは評価してもいい。だがすぐに暇を出してきたのは最大の汚点だ。娘のことを思うなら茉那美は自分に任せてもらえるのが一番、理に適っていると考えている。
「帰りましょう、胡桃」
「ふぇ… 先生!?」
「お父様の許可がないのなら仕方ありません」
「…ふぁい…」

 茉那美と胡桃は帰り支度を始めた。と言ってもコートを羽織るくらいだった。来て間もないのだから荷解きも何もしていなかった。そんなことよりこれからどするかだ。一週間程度の滞在を考えていたがスケジュールが空いてしまった。完全に予定が狂う。
 幸晴が大股で出て行ったあとに、茉那美たちも部屋を出る。

「?」
 律が部屋にこもってから一時間くらいだろうか。彼女の部屋の前でメイドたちがお菓子パーティーを開いていた。床に座り込んでティーセットとスナック菓子、洋菓子類を広げている。
「わたしの〜たいせつな〜ものあっげっる〜♪」
 一番小さな子どものメイドが知らない歌を唄っていた。音程のずれた歌声だ。何をやっているのかと思うが、言わんとすることは解った。天の岩戸のように律を誘い出そうと言うのだろう。

「お嬢っ! 盛り上がってきたよー!」
「かすてらもあるんだよ〜 一緒に食べようよ〜♪」
「…」
 3人のメイドは確か律に付けらている専属メイドだったか。大人しい新顔のメイド以外は3年前にも見かけて覚えている。茉那美はその新顔のメイドに注目した。ゲストルームに紅茶を運んできたのが彼女だ。メールや電話で律とやり取りをしたときに、会話によく出てきた少女だった。律の話では必要以上の世話はしないらしい。教育方針としても茉那美に近いものがあった。

「お嬢っっ 全部食べちゃうよー」
「甘〜い♪ のーん♪」
「…」
 テンションの高い二人のメイドに比べて新顔は付き合わされているだけといった感じだ。茉那美はじっと彼女を観察してみる。どうも宴会に乗り気でないのは態度からすぐに解った。
 近づいてみて声をかけみる。
「ねぇ、あなた。下まで案内してくれない?」
「ハイ…? あハイ。わかりました…」
 人見知りしそうな小さな声だ。茉那美はトランクを彼女に預ける。
「胡桃も持ってもらいな」
「はぁい」
 とたとたと後ろから胡桃がついてきていた。新顔のメイドは胡桃のトランクも受け取る。
「スカイエルムの玄関まででいい」
「わかりました」
「君、名前は?」
「あの… アリアです」
「アリアさんね。よろしく頼む」
 茉那美はさっさと真田家を後にすることにした。

 律が忽然と部屋の中から消失したと解ったのはそれから一時間後であった。