2016年12月17日土曜日

律の見た予知夢は当たらない(5)

 パァンッ!!

 火花が散った。目玉が飛び出るかと思うほどの衝撃がくる。
 律はよろけた。
 何が起きたのか解らなかった。

 長身の男はギラリと律を睨む。
「オイオイオイ… フザケてんじゃないぞ、お前はよぉ」
「…」
 律は堪えきれずに尻餅をついていた。

「降りてこねぇと思ったら何やってんだよ! どれだけ手塩にかけて育てたと思ってんだ? どんだけそれがわからねぇ娘に育っちまったんだ? ア!? 俺は情けねぇぞ…」
 これが自分の父親なのか? 律は幸晴の顔を見上げる。怒りと哀しみが混じった形相をしていた。ダブルのスーツ、白髪交じりの髪、刻まれた皺。全体的に細身だが筋肉がしっかりとつけられた鋼の身体だ。その腕力で娘を本気で叩くなんてあり得ないと思う。
 パパの力は、ただの軽い平手打ちでも腰の入ったストレートパンチに匹敵する。
 律はよろけつつ立ち上がった。意外すぎる先制攻撃に面食らったけど、怒られるのは想定内だ。だからパパに対抗するにはここで弱気を見せてはいけない。律は睨み返す。

「茉那美先生は恩人なの! あたしが教わりたいと思ったから呼んだの! 悪い!?」

「悪いに決まってんだろが!! 反抗期かお前!? 大人舐めんなよ!」
 ポケットに手を突っ込み、足で側の壁を蹴り上げる。真田幸晴は血の気が多いことで有名だ。特に娘のこととなると感情のコントロールが効かなくなる。
「俺の信じる教育方針でお前は義務教育やってりゃいいんだ! 俺の嫌いな教育方針を掲げる奴は必要ない! なぜなら偏った教育を叩きこもうとするからだ!」
 幸晴は、成り行きを見守っているだけの茉那美先生を睨みつける。対する茉那美は能面で腕を組んだまま微動だにしない。
 そのさらに後ろでは胡桃がおろおろとしていた。

「あ? 何見てんだ。帰れ帰れ! 金の亡者めっ 金をせびりに来たのか!? 電車賃だってやるもんかよ!」
「パパ! やめてよっ」
 律は当たり散らすパパを止めようとした。しかし逆に胸ぐらを掴まれる。
「ガキは黙って親の言うことを聞いてりゃいいんだ」
「う…」
 律の足が宙に浮いていた。
「お前の幸せは俺が決める。一生ニートとして生きればいい! 絵のほうも順調だ。俺が養ってやってんだ。一生困らねぇだろ! 不自由はないはずだ!!」
「う… そばっ… かり」
「勝手な真似しやがって! 調子乗ってんのか!?」

 パァンッ!!!!
 フルスイングの平手打ちが飛んできた。律は吹っ飛ばされて3メートルほどよろけ、ひっくり返った。
「うぐ…」
 完全にシナリオが狂った。普通に怒られる程度で終わると思っていた。今までと同じように口頭注意で済まされると思っていた。来てしまったから仕方ないと茉那美先生の着任は事後承諾で認められるはずだったのに。

「うわあああああああ」
 律は叫びながら心配するメイドたちを掻き分け自分の部屋へ走った。

 バタン!
 カチンッ

 内側からロックのかかる音がした。