2016年11月26日土曜日

律の見た予知夢は当たらない(2)

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 バスルームを出ても悪夢は続く。
 律を取り巻く4人の専属メイドたちは歯磨きの手伝いから下着の替えまで用意してくれるのだ。ドライヤーで髪を乾かされながら、新しいTシャツを被せられる。犬のキャラが描かれた子どもっぽいデザインだ。クリーム色のカーディガンにブラウンのショートパンツを身に着けていった。
 律は着せ替え人形のように突っ立っているだけで良かった。いつの時代のお姫様の話だろうと思う。
 不自由だ。
 律は外の世界に飛び出してみたいと考えていた。
 もうずっとパパの言うことを聞いてきたのだ。病的なまでに従順だった。3年前くらいまではおかしいとも思わなかった律だが、どうも異常なのだと気づいて、近頃は専属メイドたちの存在もうっとうしくなっていた。
 律はこの不自由な現状を抜けだして、次第に遠くへ行ってみたいと願うようになる。

「ねぇ有亜。ブラシ貸して」
「ハイどうぞぉ」
 奥野有亜(おくの ありあ)は唯一の理解者と言っていい。専属メイドの中では新参者だが、何もやらせてくれない他のメイドと違って、最低限のことは自分でやらせてもらえるのだ。18歳という年齢は姉代わりにもなって、律は有亜のことをよく慕っていた。
「髪留めはどれにするぅ?」
「赤いのがいい」
 律は差し出されたプラスチックのケースからきらきらと朱色に光る髪留めを手に取る。

 律の髪は腰まである黒のストレートで、柔らかく、さらさらとした髪質だ。髪留めで長い前髪を分けて、もみあげは伸ばしている。すべて有亜に憧れてそっくりマネた結果だ。シャンプーやリンスも同じ銘柄だし、香水も同じものを使っている。少しでも彼女に近づけるよう、メイクの手ほどきも受けていて、身近に思っているのだった。
 有亜だけは他のメイドたちと違って特別だ。掛け替えのない存在と言っていい。

 ひたっ… と長身の女性が近寄ってくる。
「お嬢っ、パパ上さまから銀色の髪留めにしなさいとのお達しが来てますよ」
「え?」
 律は鏡台越しに写る幾原織愛(いくはら おりえ)の顔を見上げた。
 ふわりとウェーブした髪に、四角い赤フチのメガネ。歳は有亜と同じでとてもグラマーな身体つき。柔らかい口調で語りかけてくれるが律の味方ではない。

「今日は外国人のゲストがいらっしゃるとかで、ドレスアップして同席しなさいって」
「髪留めの色をわざわざ指定するわけ?」
「おしとやかに見えるようにしておけってね。そう言われてるのですよー」
「赤じゃダメ?」
「おてんばのイメージだわね。いいからこっちにしておきなさいって」
 織愛の手から銀のラメが散りばめられた髪留めが渡される。

「…んえー」
 不満を言っても始まらないことは解っている。しかし反抗しないと何も現状は変わらない。パパには無駄と解っていても逆らわなければいけないのだ。
「無理」
「パパ上さま泣いちゃいますよ?」
「…う〜ん… …わかった」
 結局は言うことを聞くことになるのだ。早めに撤退するに限る。
 逆らい続けても今まで律の思い通りになることは一度もなかった。パパが提示する選択肢の中からであれば一応の自由はあるけれど、それは律の好みからかけ離れているし。だから少しずつ反抗の狼煙を上げていって、いつかは親離れしたい。
 いずれチャンスは訪れるだろうと思う。