2016年11月19日土曜日

律の見た予知夢は当たらない(1)

 夢を見ていた。

 真田 律(さなだ りつ)は深い湖の底に沈んでいく。
 淡水湖には奇妙な生物ばかりが棲んでいた。出来損ないの動物クッキーが漂っているように見える。微弱な光源しかない無音の世界だ。

 律は思う。
 齢12年と半年。栄養もたっぷりあって、こんなにカワイイ女の子なのに。充分に美味しそうなつもりだけど、どの魚も食べにやってこない。律は魚たちに無視されていると悟った。
 無気力につぶやく。
「少しは興味を示せっての…」

 底についたと思ったけれど、どんどん身体は沈んでいく。
 延々とゆっくり沈み込むのだ。
 少し息がしづらい程度で、苦しいとは思わない。だって始めから夢だと解っているから。
 そもそも喋れるのだっておかしいじゃないか。

「…いやだな」
 律の予知夢は当たる。
 欲しいものはだいたい手に入るのだ。自分の部屋にある色鉛筆の200色セットや、大きなクマのぬいぐるみも、かつて夢の中に出てきたものだ。ねだったことはないがパパがいつも勝手に買ってきてくれる。
 夢に見たものは凄まじい確率で自分のものになった。どうやってパパが律の頭の中を覗いているのか不思議で仕方ない。部屋の中は夢で見たものと同じもので溢れ返っていた。

 もういいよと思うが、見たくなくても夢は勝手に現れる。
 この深い湖もまた予知夢の一つだろう。浮上できないという点では律の現状を描いた心象風景のようだ。それとも実際にどこかの湖に落ちて実際に死んでしまうのだろうか?
 バカバカしい。
 あり得ないことだと思う。

「おっ嬢様ぁ?」

 …だって部屋から出られないんだもの。
 実の娘を部屋に閉じ込めて、ずっと外の世界に出さないなんて正気の沙汰じゃない。律は段々と息苦しさを覚えてきた。この部屋は目に見えない淡水で満たされているんだ。この予知夢はやっぱり当たっていると言える。

「そろそろ浮いてこないとガチで死ぬよ〜?」
「!?」
 冷たい…。いや熱いのか…? 身体が濡れてる?
 水面はすぐそこだった。

「ぷぁっ」
 律はもがいて、身を起こして湖から抜けだした。両手で顔を拭って息を吸い込む。よく見れば自室のバスルームじゃないか。律は荒い呼吸を繰り返しながら、腹立たしさを覚えた。

「起きた?」
「起きた? じゃないっ!」
 律は状況を把握する。

「お風呂に浸かってるのに起きないなんて相当だよね〜。ウチのお嬢様は」
「コルルッ いい加減、普通に起こしてよ!」
「だってぇー…。お嬢様ったら くすぐっても、鼻に指入れても ぜんぜん起きないんでぇー、仕方ないんすよ」

「…ぁそう」
 律は眠い目を擦って、改めて湯船に浸かる。既に怒る気力は失せていた。いつものことと言えばそれまでだし、確かにこうでもしないと起きられない自覚はあった。
 寝起きの悪さだけはいつまで経っても治らないのだ。
 湯船の中でパジャマを脱いでいく。薄紫の上下と、白い下着を脱いで、覗き込んでくるメイド服の少女にべちゃりと手渡した。

「ウチのお嬢様のおっぱいはいつになったら大きくなるかね〜」
 肩までのカールした金髪に、青い目を輝かせるのはコルルレット・ヴィナスという名の少女だ。真田家専属のメイドで、彼女は主に律の身の回りの世話を得意としている。
 1つ歳下のはずだが…、と律は毎朝そのことを思い出す。コルルは浴槽の縁に腰掛けてにぃっと笑いかけていた。可愛い八重歯が覗いているが主を主とも思わない非礼の数々にうんざりだ。