2016年10月8日土曜日

密室のショートケーキ【真相】

「花巻せんぱいってどこの本屋に行ってたんだろ? 花の木書房なんてけっこう遠いけどさ」
「さあ」
 私はどうでもいいことを気にする妹に気のない返事をする。

「そんなことより、どうして冷蔵庫にケーキがあるって嘘をついたの?」
「だって… 身の危険を感じたから」
 沙智は前を歩く里佳子せんぱいを気にしながら答えた。

「冷蔵庫にないってことは、わたしが食べたって思われるじゃん」
「思われないよ。不自然に思われると思わなかったの?」
「既成事実をつくることに精一杯だった。だいたい鍵を最後に持ってたのあっちゃんなのに、言わないからわたしも言い出せなかった…」

「荻原絢香くん」
「…はいっ」
 私は今のナイショ話を聞かれたと思って緊張する。里佳子せんぱいが立ち止まって天を仰いでいた。私も夜空を見上げてみる。

「雪が降ってきた。明日は雪を固めた玉で人体がどれだけ痛みに耐えられるか、たまきで実験してみよう」
「雪合戦!? やるやるっっ」
 たまきが答える。

「しかしまさかゴミと化しているとはな」
「またつくります…」
「いや、いいんだ。正月はゆっくりするといい」
「はぁ、ありがとうございます…」

「荻原絢香くん、それとたまき」
 里佳子せんぱいはにやにやと振り返る。
「君たちは何かを隠しているようだが、言いたくないのなら知らなかったことにしよう。その代わり年明けから仕事が忙しくなるからな」

「…ぅ」
「はーい」
 たまきが呑気に答えて、私は言葉に詰まる。

「それと生徒会長がどこに行っていたか教えてやろうか。虎の穴という同人ショップだ」
「はぁ」
 それを聞いても私はピンと来ない。せんぱいが愉しそうなので何よりだとは思う。

「…では、私たちはここで失礼します」

 里佳子せんぱいと和毅くんの二人と別れて、雪の降り積もる道を私と沙智とたまきとで帰る。

 私は安堵した。
 密室からのショートケーキ消失事件はこれで幕引きだ。
 私とたまきによる共犯にされなかったので助かったと思う。

 失敗に終わったけど、それはささやかなサプライズのつもりだったのだ。
 今日の午後三時、セキュリティカードとモデルルームの鍵を持って、ケーキを届けに行った。鍵は今日の昼に眠そうな沙智から借り受けたのだ。
 部屋に入って私は非現実的なインテリア空間に目を奪われていた。ベランダから外の景色を見たり、無駄に長いことソファに座ってみたり。そうやって寛いでいる間にたまきは私の後をつけて侵入したようだ。
 私はケーキを冷蔵庫に仕舞っておこうと思った。だけど冷蔵庫ではすぐに恋乃葉せんぱいにバレてしまう。だから陽の当たらない冷えた場所に隠しておこうと考えた。
 暖房のない北側の部屋のクローゼットが適当だろう。そう思って開けてみるとそこにパーカーにスカートというラフな恰好のたまきが寝ていたのだった。

 なぜこんなところで?
 私は仰け反って驚いた。だが理路整然とした説明を彼女に求めてはいけない。すべての行動に理由があると考えてはいけないのだ。聞いたところでちゃんとした答えが聞けるとは思えないので、聞かないし、考えないことにしていた。

 ケーキの箱を脇に置いて、たまきを揺すり起こす。
 万が一にもたまきに食べられては困るから連れて帰ろうと思ったのだ。

「せんぱーい チューしようよー」
 たまきは寝ぼけて私に抱きついて唇を突き出してきた。

 甘酸っぱい苺の味がする。私がベランダに出ている間にショートケーキの苺だけを食べられたらしい。
 私は迷わず突き倒していた。

 たまきは器用にケーキの箱の上に尻もちをついたのだった。
 万事休す。
 私は哀しみに暮れて、新しいケーキを買い直そうと思い部屋を出ることにした。
 眠りこけるたまきと潰れたケーキを放り残して、私はセキュリティロックと鍵をかけて元通りにして町に出る。
 コンビニの売れ残ったケーキでは満足してもらえないだろう。私が求めるクオリティのケーキはもうどこにも売っていない。
 私は泣きながら粉雪の舞う町をさまよった。

 ケーキを潰された後、私はどうなったか知らないでいた。
 たまきが寝ている間にケーキは既にお掃除ロボットに回収されていたのだ。

 たまきに聞いてみると、苺を食べたり、雪で滑って転んだり、里佳子せんぱいにキスをしたり、そういう夢を見ていたと思っていたらしい。起きて周りを見てみるがケーキはないから夢だと思い、お尻がべちょっと濡れていたから外で転んだんだと勘違いしていたようだ。

 それももう過ぎた話。
 私は前を歩く赤鼻のトナカイを頼りに夜道を帰るのだった。

密室のショートケーキ《完》