2016年10月29日土曜日

ラプンツェルの消失(2)

 その日の正午は珍しく律に客があった。
 三年前に律の家庭教師を務めていた茉那美(まなみ)という女性だ。黒のスーツにショートカットのすらりとした出で立ちで、胸は自分より大きいと織愛は思った。

 真田家の当主・真田幸晴(さなだ ゆきはる)からは大いに嫌われている人物だ。嫌われているので彼女を呼ぶ理由はないはず。勝手に来るわけもないので、ということは律が呼び出したに違いない。
 もう一人、絵描きの友人である杉田胡桃(すぎた くるみ)という女の子が来ていた。茉那美に連れられて来たらしい。茉那美の生徒であり、律と歳は近いはずだ。ほわほわとした感じで童顔のお嬢様タイプ。マイペースそうな歩き方やアーティスト気質なオーラが漂う娘である。

 この二人の客が来て一時間もしない内に事件は始まった。

 まずは真田幸晴との衝突である。
 幸晴が茉那美の前に現れたのだから大ごとだ。折り合いの悪い者同士だ。かつては律の教育方針の違いで議論を戦わせてばかりであった。
 だから、また言い合いバトルが始まると織愛は思っていた。しかし予想に反して幸晴は冷静だった。一瞥するだけで方々に電話をかけ始める。

 誘拐の予告が電話であったらしい。
 今から攫いに行くなどと宣言するとは大胆な犯人だ。職場と自宅は目と鼻の先だ。幸晴は1分とかからず自宅に戻り、律の安否を確かめに来たのだった。

 衝突したのは律と幸晴だ。
 幸晴がゲストルームに乗り込んできて、談笑する律と茉那美たちの間に割って入る。珍しく律は反抗した。彼女が父親に逆らうなど初めてではないか?
 激情した幸晴は律の頬を張った。
 律は自分の部屋に返されることになる。というかゲストルームを飛び出して自分の部屋にこもった。織愛とコルルは追いかける。亜俚亜だけが律の部屋に待機していた。
 だが、亜俚亜も程なくして追い出される。部屋の前で3人のメイドは警戒するように言い渡された。物理的には侵入経路など他にない。警戒網をかい潜るなど不可能だ。

 次にドアが開いたとき、律は消えていた。
 不思議としか言いようがない。忽然と消えていたのだ。

 父親との喧嘩があったからと言って、どうして側を離れてしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。
 織愛は常に律の近くに居なければいけなかった。それが彼女の仕事だからだ。出勤してメイド服に着替えてからはずっと側に居たのに。
 織愛の仕事はボディガードが主な内容だったのだ。

 思い返してみる。一度だけ離れることになった。
 茉那美と杉田胡桃がやってきたときだ。直接 迎えに行こうとした律を制して、代わりに織愛がロビーに降りた。
 外からやってくる人間をチェックもなしに律へと近づけるわけにはいかなかった。

 二人をゲストルームに案内して律を呼ぶという手順だ。この時間だけは律と離れていた。日常と変化があったことと言えばそれくらいだろうか。
 誘拐犯の入り込む隙きなどないと断言してもいい。
 誰かの手引があれば別か…。
 茉那美と杉田胡桃はどこに居る…?

 騒ぎで気にかけていなかったが彼女たちの姿もない。

「!?」
「どったの?」
 コルルが織愛の顔を見て尋ねた。
「家庭教師と生徒の娘を捜して!」
 まさかとは思う。あの二人が誘拐事件に関係しているのか?
 コルルはロビーを出てマンション内を捜しに走った。織愛は二人の居場所を確認するべくゲストルームに向かう。