2016年8月27日土曜日

密室のショートケーキ【序章】

 ファーストキスの味はねっとりと甘酸っぱかった。
 私が極度の拒否反応を示して、相手を突き倒してやるには充分な理由だ。

 私はモデルルームを飛び出して、泣きながら粉雪の舞う町をさまよった。そういうことに耐性がないということもあるけれど、意図せず突然 唇を奪われることに嫌悪感があった。好きとか嫌いとか意識もしないやつだったのに、いきなり迫ってくるなんて気持ちが悪いと思うのだ。

 だいたいイベントごとなんてガラでもないのに、こんなパーティーに参加してしまったことがそもそもの間違いだったのだ。
 私はその日、里佳子せんぱいが突如として言い出した『壮行会』に参加させられていた。
 玉高通信の部長である響 里佳子(ひびき りかこ)せんぱいは暴虐的で他人の意見は聞かない人だ。トップダウンで命令しては正式な部員でもない私をいいようにこき使う。

「荻原絢香(おぎわら あやか)くん、君の手づくりショートケーキが食べたい…」
 せんぱいはそう言って私に要請してきた。お菓子づくりが得意だと知って目をつけられてしまったのだ。

 『玉高通信』は通信社の真似事のような部活で、部員は他にあと二人居る。
 そして壮行会の準備は、里佳子せんぱい以外の部員たちで着々と進められていった。

 送り出される人として現生徒会長である花巻恋乃葉(はなまき このは)せんぱいが呼びだされる。生徒会長選が過ぎ去って季節が変わった頃に、何を壮行するつもりなのかは知らないけど、恋乃葉せんぱいはノコノコと顔を出したのだった。
「生徒会長、当選おめでとう」
「そういうことは2ヶ月前に言って欲しかったですね」

 恋乃葉せんぱいは嫌味ともとれるニヤけ顔の里佳子せんぱいに言葉を返した。
 始めから来なければいいのにと思うほど、嫌そうな顔をしていたけど恋乃葉せんぱいは生真面目にもやってきたのだ。嫌なら断ってくれればいいのにと思う。
 恋乃葉せんぱいの両親が経営する高層マンションのモデルルームまで借りて、恋乃葉せんぱいの壮行会はしめやかに行われた。

 私たち玉高通信の部員の4人と、それから敵対しているはずの生徒会長・恋乃葉せんぱい、それから里佳子せんぱいの2つ下の弟である和毅くんまでなぜか呼び出された。
 里佳子せんぱいは当日、黒縁メガネに鼻と白ヒゲをくっつけて登場した。サンタの衣装に身を包んでプレゼントは一切持ってこなかったけど、とてもウキウキしているのが解った。
 素直にパーティーがしたかったと言えばいいのに、と思う。
 普通のパーティーだと解っていれば参加しなかった。私は里佳子せんぱいに騙されていたのだ。
 そのせいで無駄に泣いたり、無駄にキスを味わったりした。
 参加さえしなければ無駄に事件も起きなきなかったはずだし、無駄に誰かを疑うこともなかった。
 無駄に時間を浪費して、挙句に何も解決しなかった日だった。
 私はパーティーに参加したことを心から後悔していた。

 12月24日。
 密室からショートケーキが消えた日である。
Next 【慟哭】