2016年7月9日土曜日

衝動の殺意(前)

「何が…、あったのですか?」
 花巻恋葉(はなまき このは)は恐る恐る生徒会室に足を踏み入れる。

「物騒な世の中だな」
 不敵な笑みを浮かべ、生徒会長の机の上に堂々と座るのは、響里伽子(ひびき りかこ)だ。彼女は足を組んで、資料ファイルを読んでいた。

 恋葉にとっては顔を見るだけで頭の痛くなる不良生徒の一人。何一つ共感するところのない性悪女。駆逐するべき、生徒会の天敵である。
 その里伽子が『これ』をやったのだろうか。
 生徒会室は棚に収めてあった資料、備品の類の一切が床に散乱していた。カーテンが引き千切られ、壁にかけてあった時計が落ちて割れている。飾られた表彰状やトロフィーまでが破壊されていた。

「しらじらしいですね…」
 恋葉は自分の机にレンガのように厚い冊子が放り出してあるのを見た。きちんと片付けておいたのに、他にもペン立てが倒れていたりして机が散らかっている。里伽子の嫌がらせだろうか。

「どう考えてもあなたの仕業でしょう」
「心外だな、会長」

 里伽子は暇つぶしに読んでいた資料を放り投げて机から降りる。そのまま窓際へと歩いた。

「あらぬ疑いだよ。ホームルームが終わってからわずかな時間しか経ってないのだ。ここまで執拗に部屋を荒らす時間なんてないだろう」
 恋葉を見据えて腕を組み、余裕の態度で反論を始める。

「状況証拠で充分だと思いますね」
 すかさず恋葉が切り返す。
 里伽子を生徒会室に呼び出したのは恋葉だ。放課後に来るようにと、わざわざ校内放送で呼び出してやったのだ。
 まず来ないだろう… と踏んでいたのだが里伽子は予想に反して、恋葉よりも先に生徒会室へやってきたようだ。普段はメールや直接 呼びかけても生徒会室に寄り付きもしないのに。

「時間的に無理だとも思えません。やろうと思えば可能なはず」
 部屋を荒らして恋葉を困らせるのが目的だとすれば、呼び出しに応じたのはその為かと理解できる。

「学生服の男子が出て行くのを見たぞ。黒々とした学生服だ」
 里伽子は窓の外をちらりと見てから棚の方へ歩いて行った。

「またお得意の嘘ですか? 昔から変わりませんね。あなたが何を言おうと…」
「私も記者の端くれだ。偽証はしないよ」

 茜色のメガネをクイッとあげて、恋葉は里伽子を睨む。
「これは不祥事です。通信部はいよいよ廃部になりますね」

 里伽子は目線を切って落ちている資料を手に取る。
「よくもまあ荒らしたものだな。縦横無尽に走り回って暴れていたぞ。ドアが開いていたから覗き見ただけだがな。会長は誰かに恨まれる覚えはあるのか?」

「取ってつけたような真犯人ですね。お話にならないですよ」

 冷静にならなければ。イライラが募る。いつもは能面で居られるのに頭の奥が熱くなる。恋葉は部屋の中央まで歩き、倒れていたパイプ椅子を直して座った。落ち着いて考えるんだ。里伽子の狙いは何だろう。

「状況証拠で片付けられたら誰もが犯人になってしまうよ。とにかく私は暴れてる奴を見ていただけだ」
「動機は私への不平不満。通信部に予算がないことへの当て付け。生徒会があなた方の遊びを正規の部活動として認めないことへの報復」

「おいおい、まるで悪党みたいな物言いだな。私がその程度の動機で、こんな意味のない破壊活動をすると思うのか」

「保育園の頃、私は意味もなくあなたのつくった落とし穴に、何度も落とされましたが?」

「同じ手に何度も引っかかるほうがどうかと思うがね。古い話を持ち出さんでくれ」
「人をいたぶって愉しむのが本性の癖に。あなたにはきっと怖いものなんてないんでしょうね。平気でこんなことするなんて…」

 里伽子は溜息をつく。パラパラと資料を読み流して棚に戻す。
「話が飛びすぎだよ、会長。それより、わざわざ呼び出して君の用事は何だったんだ?」

「通信部の存続をこれ以上、認めません。以上です」
「またそれか。聞き飽きたよ。今度の理由は何だい?」

「あなたも三年生ならわかるでしょう? あなたが卒業したら部員が三名になるので規定人数を割ります。存続は不可能」
「いくら何でも新入部員くらい入るだろう」

「いいえ。ウチには新聞部がありますから、入るとしても皆さんそちらへ行かれると思います」
「会長、多様性を認めるのも器だぞ」

「不穏分子はウチの学校には必要ありません」

 里伽子は落ちていた賞状を拾う。
「私は学校中を取材してあらゆる事情に通じている。部屋荒らしが誰の仕業かもだいたい検討もついている。見たことのない顔だったが調べればすぐにわかる。真犯人を教えてやろう」
 里伽子は賞状に興味を失くして棚に戻す。

「取引のつもりですか? 居もしない犯人なんて…」
「事故でボールを蹴られなくなった男子が居るだろう。サッカー部を辞めて吹奏楽部で活躍してる子だ」

「その方が犯人だと?」
 恋葉は立ち上がって里伽子に向き合う。

「そうだとは言わない。ただ、鬱憤は溜まっているだろうね」
「意味がわかりません。そんなことで暴れないでしょう」

「ストレスの捌け口は、時として権力者への嫌がらせという形で表れれることもあるんじゃないのか」
「そんなことしたって不毛ですよっ」
「とにかく私はやっていない。話は終わりだな。帰らせてもらうよ」
「待ちなさいっ。罪は逃れられませんよ!」

 恋葉は里伽子を追いかけ、肩を掴んだ。

「もう話すことはないだろう? 通信部を認めない話は今に始まったことじゃないしな?」
 里伽子はするりと恋葉の手を逃れて振り返る。
 黒髪が揺れて里伽子は妖艶に微笑む。


「それに真犯人はまだこの部屋に居る。もう死んでいるだろうがね」
「!?」

 恋葉は驚いて後ずさった。
 里伽子の真意が見えなかったからだ。

 《後編へ続く》