2016年7月16日土曜日

衝動の殺意(後)

「そんな、まさか…」
 恋葉(このは)は踵を返して部屋の中央まで戻る。
 めちゃくちゃに荒らされた部屋には人が隠れるスペースなど見当たらない。見渡す限り散らかった資料と備品ばかり。
 しかし里伽子は生徒会室の中に真犯人が居るとのたまうのだ。この部屋荒らし自体は里伽子がやったのではないのか? 里伽子が言うには学生服の男子が侵入していたらしいが。

「何の冗談ですか?」
 恋葉は再び里伽子を睨みつける。

「ここにはあなたと私以外に誰も居ませんよ。人が隠れられるようなスペースなんか… まして死んでるだなんて…」
「絶命したかどうかはまでは見届けていないから知らないな」

「どこに真犯人が居るというのです? 指し示してごらんなさいっ」

 おかしい。
 恋葉は唇を噛み締めた。いつもは冷静なのにやはり里伽子の前だと穏やかで居られなくなる。

「それは困ったな。私は気持ち悪くなるから惨殺死体を見たくない。指差すのも御免だ」
 なぜ、里伽子は冷静で居られるのだろう。

「ほら見なさい! 始めから嘘なんでしょうっ 居もしない人をでっち上げて罪を逃れようなんて浅はかです! まして死んでるだなんて!」
 声が大きくなる。
 これではまるで自分のほうが追いつめられているみたいじゃないか。恋葉は増々、不愉快な気持ちになる。

「会長、何か勘違いしていないか」
 里伽子はあくまで冷淡に、薄く笑みを浮かべている。
「私にだって怖いものくらいある。苦手なもの。嫌いなもの。熱くなるときもある。ちゃんと人間さ」
「だから何?」

 恋葉は保育園時代からの積もり積もった鬱憤を吐き出す。

「目に見えているものがすべてじゃない。会長にもいずれ解る」
「ごまかさないで!」

「私は真実を追求する記者だ。嘘なんか言わないよ。裏をよく見てみるんだな」
「は? 裏…?」

 恋葉は気が抜けてしまう。里伽子の言動が何かおかしい。微妙に繋がっているようで繋がっていない。意図的にはぐらかしているような印象だ。

 部屋荒らしの犯人は里伽子自身ではないと言う。
 黒々とした学生服の男子が出ていったと証言する。
 偽証はしないとの宣言。
 サッカー部でケガをして吹奏楽部に転身したとある男子の存在は、恋葉も報告の資料を読んでよく知っている。しかし彼が真犯人だとは思えない。

 犯人はまだ部屋の中に居る。
 もう死んでいるらしい。

 惨殺死体…。見たくもない…。指差したくもない…。
 怖いものくらいある…。
 熱くなるときもある…。

 確かに目に見えているものには嘘が紛れているだろう。里伽子は真実も告げているが、嘘も倍くらいは散りばめている。何がジャーナリズムだ。虚飾が本業の癖に。
 裏をよく見ろとは、そういうことなのかも知れない。

 つまり嘘に気づけということか。

 恋葉が目線をあげると里伽子は「じゃあな、会長」と言って帰っていくところだった。
「帰ってシャワーを浴びて寝てしまいたいんだ。悪いな会長」

「待っ…」

 言葉の飲み込む恋葉。十中八九、彼女が部屋を荒らした犯人だ。しかし里伽子は否認している。嘘と思われる真犯人の存在を持ちだしてまで…。
 それとも小さな確率だが、本当に真犯人が他に居るのだろうか。


 恋葉は肩を落として自分の机に戻った。腰掛けて散らかった机を眺める。
 分厚い冊子に倒れたペン立て。
 A4用紙が300枚は綴じてあるだろうか。各部活動の部費の使用状況が書かれている資料だ。

 恋葉は気づく。
 立ち上がって窓の外に目をやると、運動部が練習に励んでいるのが見えた。もちろんサッカー部も活動しているが、これじゃない。
 恋葉は里伽子が拾って読んでいた資料を棚から出して読む。足をケガしたサッカー部の男子のことが書いてあった。里伽子はこれを読んだのだ。
 何が記者の端くれだ。ぜんぜん学校中のあらゆる事情に通じてないじゃないか。里伽子はここにある資料を読み上げただけだ。

 これで間違いなく犯人をでっち上げただけ… ということになる。
 里伽子の言っていることはほとんど嘘だ。

「あの… 疫病神…」
 腹が立って席に戻る。汚い机を見ていると余計に苛立ちが募る。
 散らかった分厚い資料を片付けようと何気なく手にとった。

「…」
 里伽子に言われたからではないが、何となく裏が気になった。
 本当に、何気なく、ひっくり返してみる。 

「!@*gjがsっ!!!?」


 驚いてレンガのような分厚い資料を落としてしまう。恋葉は足を滑らせ、パイプ椅子を巻き込んで後ろに転んでしまった。

「キャー!!!」
 全力で壁際まで後ずさる。

 こびりついた黒々としたもの。
 虫だ。
 潰れて原形を留めていなかった。

 冷静沈着で通っていた恋葉だが、出したことのない音域の悲鳴を上げてしまった。

 よくもヌケヌケと裏を見ろなどと…。

 里伽子が怖いものはコレか。
 微妙に言動がズレていたのも、虫への遭遇と殺虫の動揺によるものだろう。

 いずれ会長にも解るなどと言っていたが、わずかな時間を置かずに恋葉は嫌というほど理解させられた。

「一匹 潰すのに暴れ過ぎよ! あの疫病神!!」
 恋葉は消えないトラウマを刻み込まれて、逃げるように生徒会室を出て行くのだった。

《後編 完》