2016年6月25日土曜日

みかんの美学

 何かが足りない気がする。
 なんだろう?

 満たされない気分だ。
 心にぽっかりと穴が空いたような… とはこういうことを言うのだろうか。
 頭の中がくちゃくちゃだ。
 部屋の中もこれでもかと言うくらい散らかっている。
 私は焦燥感にも似た気持ちに襲われた。
 いくら考えても答えが出ない。眠くて正解が見つけられそうにない。もうダメだろうなという諦めが頭をかすめる。

「また、イチからやり直せばいいんだよ」
 たまにはいいことを言うなぁと思う。
「そうやって真剣な表情をしてるときのあっちゃんが一番 輝いてるからっ」
 どういう意味だろう?
 たまきは私が未完成の絵を前に、ずっと悩んでいればいいと言うのだろうか?

 未完のままが美しい。
 逆説的なまでの暴言だ。

 私は床に、うつ伏せに寝転がって脱力していた。
 本当ならば、こんなことをしている場合ではないのだ。

「あっちゃん おやふひ!」
 たまきが猫を抱え、ちくわを咥えて帰っていった。

 晩ご飯の食卓にあったちくわだ。

 嵐が去って、やっと自分の時間が訪れる。
 急に静かになって、ふと今までの出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
 今日はいろいろと大変だった。
 朝から郵便局にお使いに行って、ゴミ出しを手伝って。学校の授業が終わったら生徒会の書記を手伝い、里伽子せんぱいの仕事も手伝い。
 ご飯を食べて、お風呂に入って、最後にたまきの宿題を手伝って、やっと自分の宿題を残すのみとなった。

 自分の時間がないなと感じる。
 宿題に取り掛かる前に少しでも自由な時間を有効に使いたい。

 でも、だんだんと眠くなってきてしまった。
 床が散らかっている。
 頭の中も同じくらい散らかってる。
 宿題をやらないといけないのに、手に付かないままだ。早くとりかかって片付けてしまえばいいのに、別のことを考えだしたら止まらなくなってしまう。
 凝り性の悪い癖だ。
 でもこういう時間が大せつなんだ。

 そうだ、ゆっくりと整理しよう。そうすれば足りないものは何かが解るはず。イチからやり直せばいいんだ。

 一つ一つ整頓して嵌め込んでいく。
 欠けた月に無理やり四角形をねじ込むような違和感。
 合いそうで合わない鍵のようだ。


「あっちゃん 怒ってる?」
 たまきがドアのところから顔を出す。帰ってなかったのか。

 私は手を止める。

「わざとじゃないんだよ。猫にちくわ盗られてさ」
「いいから帰って…」
「がんばってね! 応援してるからっ! あ、みかんもらってくね!」

 たまきはドタドタと走り去る。
 リビングのみかんを持って帰るらしい。彼女のみかん好きは放っておけばいい。あの偏執なまでのみかんに対する愛情は彼女なりの美学なのかも知れない。

 私は私で絵を完成させたい。

 
 宿題の前にどうしてもこのジグソーパズルは完成させてしまいたいのだ。

 床に散らかったピースを嵌め込んでいく。

 でもやっぱり何か足りないのだ。
 なかなか完成しない。

 たまきと猫が暴れたときにジグソーパズルがひっくり返って、そのときにピースがどこかへいってしまったのかも知れない。
 部屋に散らばったピースを集めて、何が足りないのか探すしかないな。

 そう思いながら、私の意識は途絶えて眠りに落ちていくのだった。