2016年6月18日土曜日

たまきが狸

「たまき。君はまったく素行が悪い。まず遅刻グセを治すべきだ」

 狸と戯れていた。

「ふふ」
 里伽子せんぱいは優しい顔をして、見知らぬ狸にエサをやっている。
 あんな狸、昨日は居なかったはずだ。

 私はドアの隙間から里伽子せんぱいを覗き見ていた。

「落ちているものを拾ってくる、余計なものを買ってくる、挙句レコーダーには君のいびきが録音されている。まったく君らしいな。取材とは程遠いではないか」

 間違いなく狸と会話している。
 いや、会話というより一方的なイビリか。あの狸もたまきと一緒にされては敵わないだろう。仕事もしないで里伽子せんぱいは何をしているんだか。
「ふふふ」

 私は狸に近づきたくない。
 だから部室に入ることができなかった。里伽子せんぱいも何となく神がかっているし、狸に咬まれて変な病気になるのが怖かったのだ。

「取材の度に余計な写真を撮ってくるのも頂けないな。カバやキリンの尻のドアップ写真が役立つ日が来ると思うのか?」

 里伽子せんぱいは机を並べて、その上に寝そべり、リードも付けていない狸とまるで愛を語らっているみたいだった。
 制服が着崩れてスカートが捲れている。狸のお腹を撫で回していて、艶めかしい目つきだ。酔っ払ったような表情に見える。

 いくつもの包み紙が散乱していて、狸にお菓子を食べさせているのかも知れない。
 狸はエサを頬張っている。
 狸の顔はあいらしく親しみがある。たまきと言われればそうかも知れないと思えてくる。
 仮にたまきだと仮定してみよう。

 たまきは、実は山から降りてきた狸が化けた人間もどきである。

 不思議なほどに違和感がない。
 要領がいいところなんかそっくりだ。
 字面も似ているし。彼女の悪戯が過ぎるのもきっと狸だからなんだ。私たちはみんな騙されていた。狸に化かされていたのだ。

 たまきがせんぱいのことを好きなのも、きっとエサをくれるからに違いない。
 成績優秀で品行方正な里伽子せんぱいがあんなにデレるのもおかしい。

 そう考えるとすべて合点がいく。
 沙智も面倒見がいいから、だらしのない狸を、いや… たまきを可愛がっているというわけだ。妹の性格をよく解っているじゃないか、あのたまき。
 いや、狸。


 そう、たまきは狸だったのだ。
 パズルが完成したかのようにすべての事象がつながっていく。
 たまきはひょっとすると狸の世界ではエリートなのかも知れない。狸にしては頭がいいし、したたかで狡猾だ。
 人間界にうまく紛れ込んでエサを獲得し続けている。保護してくれる人のところには擦り寄って、私のような警戒心の強い人のところへは悪戯を仕掛けにくるんだ。
 
 仕事(狩り)と遊び(悪戯)の両立ができるのは素直に凄いなと思う。
 私は今まできつく当たり過ぎていたのかも。
 もう少し狸に優しくしてあげなければいけないな。


 私は意を決して部室に入る。
「おっ… おつかれさまです、せんぱい」

 すり足で二人に近寄っていった。

「ふふふふふふふふふふ…」
 里伽子せんぱいが何だか愉しそうだ。

「えっと、たまきも… 取材がんばってるみたいだね…」
 私の問いかけにたまきはピクリとも反応しない。
 エサを食べるのに夢中だ。

 何かがおかしい。

 ふと、並べられた机の向こう側が見えた。
「す〜…」
 たまきが床に転がっていた。

「えっ? たまき? が二人??」

「荻原絢香じゃないか」
「せんぱい… 大丈夫ですか?」


「それは私に尋ねているのか? 私の心配をするより自分の心配をしたらどうだ? たまきは二人も居ないぞ」
「いえ、すいません…」


 私は混同していたようだ。
 この狸はたまきじゃないんだ…。
「せんぱい… たまきが床に寝てるんですけど。いったいこれは…?」
 

「たまきなら君の目の前に居るだろう?」
 狸と目が合った。
 狸は私を不審そうに見つめている。

 周りの包み紙をよく見てみるとウィスキーボンボンだということが解った。
 里伽子せんぱいはお菓子を一口 頬張って包み紙を机の上に落とす。あとは一心不乱に、狸にエサをやり続けていた。


 一考。
 これは私の推測だけど、たまきは動物園に取材に行ったのだ。遅刻していったに違いない。電車かバスの中で寝過ごしたのだ。閉園間近でロクでもない写真しか撮れずに里伽子せんぱいに怒られると思った。
 たまきは里伽子せんぱいの怒りを和らげるために菓子折りでも買ってきたのだろう。高級そうな包み紙だ。
 狸は動物園から逃げてきたのを保護したのか、山で拾ったかだろう。

 まさか本当に化けているわけじゃないだろうし。