2016年6月11日土曜日

女の子は夜な夜な古井戸から這い出て月夜に遊ぶ

 女の子の遺体を井戸に捨てたそうだ。

 過去にどんな凄惨な事件があったのか知らないが酷いことをするなと思う。

 陰気臭いところだ。
 古びた井戸で、今は蓋が閉められている。
 私はそれを見た途端に足が竦んでしまった。
 唇が震えだす。

 山には陽がある内に入ったはずなのにもうどっぷりと陽は暮れていた。
 何故こんなところに一人で入ることを承諾してしまったのだろうか。

 建付けの悪い戸をガタガタと騒がしく開くと、もうその光景だった。
 古井戸の周りを掘っ立て小屋が囲んでいる。周りを見ると、土と草だらけでジメジメとしていた。必要もないと思われる壁時計や窓まである。この空間で誰が時間を気にするのか、誰が空気の入れ替えをするのか。おおよそ人が住めるような代物ではないはずなのに。棚もないし、物置小屋にもならないだろう。
 本当に古井戸を祀るためだけにつくられたようだ。

 月明かりだけが光源で、薄ぼんやりとしている。窓は雨戸が閉まっているので、この戸を閉めたら灯りがない。戸は開けておくことにしよう。

 風のない夜なのに、ガタンガタンと雨戸を叩いているのは風だろうか。
 人里離れた山奥のはずなのに、気のせいか遠くで子どもが騒いでいるようにも聞こえる。

 湿気臭くて独特の匂いだ。
 部屋の中はひんやりとしていて霧のような靄が足元に纏わりついた。

 私は菊の花を一輪、胸の前に握りしめた。
 これを祭壇に捧げれば帰れる。
 教室にあるような勉強机に布がかけられ、お供え物が置かれていた。古びた花瓶と果物、しめ縄に御札。

 だけど布は破れて果物は動物が食い散らかしたような跡があった。
 女の子は浮かばれないだろう。
 もう誰も彼女を気にかけない。祭壇を掃除してくれる人も居ないのだ。胸が苦しくなった。ずっと一人ぼっちなのかと、私の人生と似通っている。
 自然と涙が溢れた。


 ガタンッ

 と、物音が響いた。

 私は声もあげずに跳び上がる。
 心臓が締め付けられた。

 風の悪戯だろう…。
 掃除はいい。
 もう、お供え物を置いて、さっさと帰ろう。
 きっと女の子は私を歓迎していないのだ。

 恐る恐る祭壇に近づいて菊の花を捧げる。

「!?」

 布に血文字が書いてあった。

〈おは ぎが た べた い〉

 子どもの字だ。
 ガタガタの線が並んでいた。

 私は息が荒くなる。
 心の中で、ごめんなさいと謝る。
 菊の花を持っていけばいいとだけ言われているから女の子が何を好きかなんて思ってもみなかった。

 ガタンッ

 見ると蓋がかすかに開いていた。

 私は目を見開く。


 白い小さな指が、古井戸のへりに、…ぬぅ… と現れたのだ。


 女の子が這い出てこないようにしなければ。
 蓋を抑えつけるのだ。

 急いで、端くれだった板をずずずと動かして蓋を閉める。
 指はすっと引っ込んで消えていた。

 そのまま両手と片膝をつかって蓋を抑えつける。

 ホッとしたのも束の間、バンバンバンと中から女の子が蓋を叩いていた。
 私は焦る。
 バンバンバンバンッと音が激しくなっていく。

 死霊の声が「あけ てあ けて」と響いてくるようだった。

 このままでは這い出てきてしまう。
 私は全体重をかけて蓋に乗っていた。

 腐った板が割れそうだ。
 このままでは私も落ちてしまうかも知れない。

 どうすればいい?

 古井戸の中で女の子は、泣き続けた。

 私はどうしたらいい?




「あっちゃん、なかなか出てこない…」

 沙智は一人、廊下で立ち尽くす。

 文化祭の出し物としては凝ったつくりだ。
 事件背景の作り込みやコンセプトもしっかりしている。

 しかし、自分のクラスがお化け屋敷をやるのは反対だった。

「たまきのお化け役なんて怖いわけないじゃん…」

 沙智はたこ焼きを食べながら、姉の帰りを待つ。