2016年5月28日土曜日

ポルカドットの断罪 〜雫は酔っている〜

「あ… う…」

 目頭が熱い。
 雫の頭に常に浮かんでくる言葉は『好き』という文字、或いは感覚だった。
 それほどまでに支配的な感情が、かつてあっただろうか。

 啓介はごく普通の男の子だ。
 どこか特異な容姿だというわけでもないし、言動も至って普通。学業もソツなくこなすし、友達も多そうだ。

 この好きという思いは、ただそれだけで良かった。
 どうこうしたいと思わない。
 憧れだろうか。雫は自分の内気な性格が邪魔をして啓介に声をかける事など考えたこともなかった。彼の前に立てば何も話せなくなるだろう。今は見ているだけで充分だ。

 それなのに恭子は雫の考えを理解していない。
「どう説明してくれるの?」
「うぇっと…」

 雫は啓介に、説明も何も求めていないのだが、恭子は納得しなかった
 雫は恭子を黙らせたくて仕方ない。 
 これ以上の議論は誰の得にもならないのだからやめて欲しい。 

 恭子はまるで気づいていない。
 啓介が密かに想いを寄せているのは、恭子のほうだ。

 雫は以前からそのことに感づいていた。
 啓介も積極的というわけではなく、遠巻きに見ているだけだから、恭子は気付きようがないだろう。

 彼女はとても利発だし雫とは正反対と言っても過言ではない性格の持ち主だ。雫はそんな恭子にも憧れていた。

「これわ… さ…、何かの間違い… だと」
 啓介が恭子と雫の目の前でみっともなくうろたえていた。

 雫としては啓介に落ち度はないと思っている。事実、誤解なのだろう。
 雫はそう信じている。

ドットだったんでしょ?
 恭子が大声で尋ねる。

「ぅぐっ」
 啓介は冷や汗をかいている。

「ひ… ぃ…」
 大粒の涙が溢れる。


「あ… ぐ…」
 雫は不覚にも啓介の前で泣きべそをかいてしまう。それは突然、訪れた状況に対処しきれない恐怖からなのかも知れない。

「う… あぅ…」
 雫が嗚咽を漏らす度に恭子の目が吊り上がった。

 恭子が啓介を責める度に、啓介の額から汗が噴き出した。雫はそれを見て、恭子にも啓介にも何か言おうとして、何も言えなかった。

「こんなに雫が泣いてるじゃない! 何とも思わない!?」
 議論は平行線を辿った。
 これは恭子の勘違いに寄るものだと雫は思う。よしんば彼女の言う通りだとして、それはそんなに責められるべき事ではないと雫は思う。

「いや、だからさ… その… さっきからドットって… 何のことさ?」

 雫は紅潮した。
 疑惑は一層深まるが、もしかしたらこの状況はそんなに悪くないのかもと思い始めた。

 恭子は啓介に弁解を許さない。謝罪だけを求めた。それが目的なのであって、例え誤解だったとしても、すいませんとは、恭子の性格からして口が裂けても言えないに違いない。
 

「あんたっ、雫のパンツ見たんでしょ!?」

 啓介がたじたじと一歩 後退するのが見えた。雫は啓介の靴を見つめた。

「それは突風が急に吹いたからだってぇぇ…」
「風の強い日だから期待して近くにスタンバってたんじゃないの!?」
「違うよっっ

「ポルカドット柄好きのヘンタイって言いふらしてやろーかなー」
「やめてくれよっっ」 

 雫もやめて欲しいと願う。
「あ… あぅ」
 血液が循環する。低血圧の身体が熱くなる。
 でも心地が良い。
 雫は啓介の顔をまともに見られない。
 啓介の近くに居られるなら、別にどんな理由だって構わないじゃないかと思う。

 このまま幸せが続くなら、もう一度 水玉模様を見られてしまってもいいのではないか

「ぅぅぅ…」
 雫の酔いは未だ醒めないままだった。