2016年5月21日土曜日

導かれる答え(姉)

 道に迷う。
 私は答えなど誰にも解らないと思う。

「あっちゃんは高校卒業したらどうするの?」

 妹にそんなことを聞かれて私は答えに詰まってしまった。

「ふぁ…」
 将来の夢なのだから自由である。無限の可能性があって宇宙飛行士を目指したり、ひよこの世話をする人を目指すのも、私のサジ加減でどうとでもなる。

 だけど、なりたいものなんてない。

 小学生のときの卒業文集には『内職』と書いた気がする。
 好きなこともやってみたいことも、私にはあり過ぎてどうにも決められない。

「ふぁ… ファッションデザイナーとか」
「ん? とか?」
「裁判の文字を起こす人… とか…」
「何その落差?」
 紗智はフッと呆れたように笑う。


 陽が傾き始めていた。
 赤く染まる景色に、自然と涙が出そうだ。
 丘の上で町を見下ろして、私は想いを巡らせる。

 姉妹で話していると、いつの間にか将来はどうするなんて話になった。沙智はずっと退屈そうだ。家でも暇そうにしていたから、日曜だし、買い物に誘ってやったのだ。大人しくついてきたのはいいけど、つまらなさそうなのは変わりない。

「東京に行ってみたい…」
 小さな町だ。山に囲まれていて、向こう側に憧れたこともある。子どもの頃に山の向こうを目指して家を出て、帰り道が解らなくなって… 親に迷惑をかけたこともあったな。
 幼いままでは何処にも行けないのだ。

「あやふやな進路みたいだけど大丈夫?」
「うん…」
 妹に心配される進路では駄目だ。一人で生きていける強さを身につけたいと思った。

「もう、こんな時間だよ? 道草食ってる場合じゃないよ? 早く行こ」
 沙智はスマホで時間を確認していた。
「時間はまだあるから。さっちゃんは生き急ぎ過ぎだね」
 時間も無限にある。焦る必要はない。

「人の時間は有限だよ? 早く行…」
「さっちゃんはなりたいものないの?」
「あ逃げた…。…まいいや…。…わたしはねぇ、………あんま考えたことなかったなぁ…」

「ほら… さっちゃんだって、そうでしょ」
「え?」
「進路は簡単に決められないんだよ」
「そうだね、うんうん」

「私は文字を書くのは苦にならないから、テープ起こしの仕事でもいいと思ってる。でも本当はお菓子をつくる人に憧れたこともある。でもね、好きなことを仕事にしたくない。チョコタルトも毎日は食べられないし」

「売れ残ったの全部食べようとしてる? もしかして?」

「聞いて。好きなことをやり続けるのは、きっと辛いと思うの。残業ばっかりだし、過労死しちゃう」

「考えすぎだよ」

「私にはもっと別の進路があるかも知れない。ファッションデザイナーならよく知らないけど、服を見るのは嫌いじゃないから、なれる気がする」

「言ってることムチャクチャじゃん」

「さっちゃんにはまだわからないんだよ。無限の可能性があるって言いたいだけ。大人になるってことはね…」

「歳、いっこ違うだけだし」

「そうやって人を腐すのはよくないよ。さっちゃんの悪いところだよ」

 沙智は目を逸らして何か考えているようだ。沙智の頬が夕陽に染まる。風に吹かれて髪がなびく。
 町を見下ろすとだんだんと暗くなってきて、よく見えなかった。
 心が揺れ動く。
 沙智はふと何かに気づいたように私の目を見た。

「さっちゃんの進路は、いつでも相談に乗ってあげるからね」
 妹に示さなければいけない。姉である私が前に立つんだ。
 だけど私自身が、まだ決められない。将来をどうするのかも、今をどう生きるのかも。
 何が「相談に乗ってあげるね」だ。
 私は涙を堪える。


「ねぇ、スマホで検索したら?」
「…忘れてきた」
「じゃ、わたしので探してあげる。何て言う名前の店? 駅地下の服屋だっけ?」
 沙智がスマホを弄り始めた。

「…え …と」

「変だと思ったんだよ。急に服を買いに行きたいなんて言うから。ママが買ってきたのしか着ないようなあっちゃんがさ」
「私は… 無限の可能性を探ることは、さっちゃんのために…」

「丘の上に来ても見つけられなかったんでしょ。道に迷ったんだったら人に聞けばいいんだよ」
「…ん…」
「わたしがついてきてよかったね」
 沙智は楽しそうに笑った。
私はしぶしぶ頷いて、沙智はさっさと歩き出した。後をついていくのは癪だけど、私にはまだ示す答えが見つけられないのだから仕方ないよ。