2016年4月30日土曜日

怪盗ロマンスは恋をしない ⅶ

「君は嘘をついていない」
 響先輩は私の頭にぽんっと手を置く。そしてシチューでも掻き回すように私の頭をぐるぐる回す。
「結論から言うと、怪盗なんてものはいなかったのだ」

「えっと、じゃあ有栖川さんの絵はどこに…?」
「知るものか」
「え… あ… そう… ですか」
「有栖川は盗まれたと言ったんだったか?」
「いえ、えっと… 絵が、失踪したって… 確か」
「始めに君に聞いたとき、妙な表現だと思ったよ。絵は人じゃないし、勝手に歩いたりしない。有栖川に聞いても本当のことははぐらかしていた」
「本当のこと…?」
「そう、絵を持ち去ったのは君だ」

 私には、それがどういう意味なのか解らなかった。
 有栖川は厚かましい人だ。
 文化祭が近づくある日、彼女は私が中学生の頃に描いた絵を出展するといって、古い絵を持ち出してきた。
 私としては捨てたはずだった絵が突然出てきたわけで。当時の恥ずかしい気持ちが蘇ってきた。
 有栖川は美術の授業の後、美術部のほうで処分しておくと言ってくれていたので私は任せっきりにしていた。それが二年経った今も残っているなんて。
 だから私は「返して」と顔を赤らめて言ったのだ。
 そして理解する。

「好きな男子をモチーフにしたんだー? エッシャーの滝みたいに空間のねじ曲がった絵だね」
 有栖川は高く評価していたようだが、私にとっては失敗作。
 だから返してもらったのだ。盗んだわけじゃない。

「防犯カメラを避けて、どうやって美術室から絵を持って行ったのか。始めは空でも飛んで逃げていったと思ったよ」
 響先輩は薄く笑う。
「窓から落とした」
「はい」
「実際に美術室にデッサンモデルをやりに行ったらすぐに解ったよ」
「…わざわざ? 何をやってるんですか…」
「美術品に傷を付けても構わないと思えばこそ、3階からコンクリの上に落とすことができるんだろうな」
「アレは既に処分されたはずのものですし…」

「有栖川の描いた絵というのは君の描いた絵のことだ。君は自分が描いた絵が盗まれたと思ってない。ただ文化祭に出品されるのを防いだだけ」
「そう… です」

「怪盗ロマンスのカードを仕込んだのは有栖川だろうな」
「確か… あの絵を描いた後、有栖川さんにロマンスってアダ名付けられました。それで恋は二度としないって決意したんです」
「君は本当におもしろいな」
「何がです?」
「だから記事にしたところで、君が笑い者になるだけだ。有益性のないニュースだと判断しただけさ」
 響先輩は身を翻す。
「じゃあな」
「あ… 一応、ありがとうございます」
 私は先輩が立ち去っていくのをじっと見ていた。気がつけばバスが到着していて危うく乗り過ごすところだ。

 私の描いた絵は真っ二つにして押し入れに捨ててある。
 有栖川にはちゃんと自分で描いた絵を文化祭に出せばいいのにと言っておこうと思った。
「めんどう…」
 やっぱり余計なお世話だと思い直す。
 怪盗ロマンスとこれ以上、関わりたくないから。