2016年4月16日土曜日

怪盗ロマンスは恋をしない ⅴ

 それは小学生のとき、美術の授業中の出来事だった。
 有栖川がにやにやと私を見ている。いや、私が描いている絵を見ているのか。
「おもしろい絵描くね!」
「…」
 一度も喋ったことのないクラスメイトなのに異様に馴れ馴れしい。極度の人見知りである私が授業中に話しかけられて何か答えるとでも思っているのだろうか。ありえない。
「いい色出すよね。絵の具貸してよ」
「…」
 パレットの中に作った濁った色を彼女は臆せず使う。やめてと言えるわけもない。いくつもの絵の具を混ぜた私にしか出せないリッチブラックを、惜しげもなく使う。私の作ったカレーを招いてもいないのにやってきて、つまみ食いしていくたまきと同じくらい厚かましい人だ。
「あっちゃんは好きな男子とかいるの?」
「…」
 私は口を開けていただけだ。不躾な質問だし、断じて好きな男子などという意味の解らないモノは私の頭の中にはなかった。特に答えたつもりもないけど、黙っていても有栖川とは昔からそれで会話が成立していた。不思議な彼女は描いた絵から私の心情や思ったことを読み取っているようだった。
 私はその日、自分の描いた絵が気に入らなかったので美術室のゴミ箱に捨てて帰った。

「いや〜持つべきは親友だよねー。展示数が足りないからさー」
「…」
 私には友達がいない。有栖川のことも別にただのクラスメイトでしかない。たまきがもう一人増えたと思っただけだ。
 だから絵が盗まれたと知ったときは因果応報だと思った。彼女たちのような人種は人見知りにとっては怪獣にしか見えない。デリカシーというものがまったく存在しない。踏み込めば少なからず嫌がる人だっているだろう。それが周り回っていろんな人の恨みなんかを買ったりするんだ。しかしそれすら楽しんでいるように見える。
 昔のよしみなのか美術部でもない私の絵を文化祭に出したらどうかと言ってきたときは困った。何を考えて絵の下手な私にそんな苦行を言い渡してきたのか。断る以外に道はない。

 響先輩に話していないことがあった。
 それは怪盗ロマンスの取材に影響するだろうか。絵が盗まれたその日、私も美術室に足を踏み入れていた。有栖川に連れられて絵を描けとせがまれていたのだ。普通に考えて容疑者リスト入りだ。でも誰かの絵を盗んだりしないし、興味もない。それに絵が盗まれたのは生徒のいない時間帯だ。
 結局のところ有栖川は何かを企んでいて、それが私に絵を描かせることなのか、それとももっと大きな計画なのかは解らないけど、絵が盗まれたというのは嘘なのだ。

「才能はあるんだからさ〜。期待してるよ、魔界みたいな絵」
「…」
 だから私は断りきれずに白いキャンバスの前に座っていた。