2016年3月26日土曜日

怪盗ロマンスは恋をしないⅲ

 狭い密室に閉じ込められてどれくらい経つだろう。私は居心地の悪さに戸惑う。財布の中には3千円も入っていない。対するたまきは脱力しきっていた。

「泥棒って何がしたいんだろうねー?」
「さぁ… 物を盗みたいんじゃないかな。あの…ちゃんと手を動かしてください」
「何で盗むの?」
「え…? それが… 欲しかったから?」

 私はたまきの子どもみたいな質問に答えあぐねた。

 怪盗ロマンスが何をしたいのか確かによく解らない。他にも絵はたくさんあったのに、なぜ有栖川さんの絵だけを盗んでいったのか、怪盗ロマンスはたぶん純粋にその絵が欲しかったんじゃないか。ロマンスというくらいだからその絵に何かを感じたのだ。私はたまきにそう解説した。
「絵が気に入ったので、お持ち帰りしようってこと?」
「そうなんじゃないかな…?」

 物を盗むのには純粋に欲しいから以外にも理由はあるだろう。万引きしてしまう人の心理やねずみ小僧のような考えでやっているのかも知れない。だけど怪盗ロマンスにはもっと別の理由があるんじゃないかと思う。

「う〜ん… 響先パイは泥棒が何をしようとしていたのかがポイントだって」
「そっか… つまり動機ってことね。…あの早く手を動かして…」

 響先輩の行動力なら近い内に怪盗ロマンスを追い詰めるだろう。そしてその動機も明らかにするんだろうな。週刊誌のようにこの事件を書きたててすべてを暴くに違いない。

「何となくだけど怪盗ロマンスなんて捕まらないほうがいいと思う」
「え? 何で!? 泥棒だよ?」
「そうだけど、何て言うか… 全部を明らかにすることがいいことなのかな? ただの悪っていうよりねずみ小僧に近いものを感じるんだけど」
「ねずみこう?」
「それだと悪だよ。いいから喋ってないで手を…」
「でもドロボウはドロボウだよー」

 たまきはポッキーの束を囓りながらまともなことを言う。
「確かにそうだけど…」
 怪盗ロマンスを肯定するわけじゃない。犯罪に手を染めているのだから許してはいけないと思う。だがキャッツ・アイのように事情があるのかも知れないしルパン三世のように憎めないキャラな気がするよ。怪盗ロマンスなんて名前をつけるくらいなんだし。
「つまみ食いとかしたらお母さんに殴られるよ」
「そっか…。悪いことには変わりないよね。え? 叩かれるの?」

 私は何故、怪盗ロマンスを擁護しようとしていたのだろう。それはたぶん響先輩が怖いからだ。尊敬もしているけど真実を追求する記者としての姿勢が正しすぎて怖い。

「それはそうと先輩が帰ってくるまでに終わってないと、帰れないよ?」
「手は動かしてるよー」
「そのお菓子を食べる手は止めて」
「お菓子を食べながらさぁ、ペンを持ってるだけで宿題こなしてる気になるよねー」
「さっきから1ページも進んでないよ」
「それはあっちゃんが教師してくれないからなんだな」
「答えは教えないよ。自分で考えて解かないと意味ないでしょう…」
「あっちゃんはさっちゃんと違ってマジメだねー」
「…」


 響先輩に連れてこられて私は何故か大衆居酒屋の個室に閉じ込められていた。古めかしい日本間でシミや油の匂いが鼻につく。
 確か「取材のアシスタントをしないか?」と誘われたのに、騙された感じだ。たまきの進級を助けてやることが重要なミッションらしい。
 出て行きたくても少ないお小遣いしかもらってない私には支払いが足りるのかどうかも解らない。結局、先輩が助けにきてくれるまでは出られない気がしている。先輩の不敵な笑みが私を繋いでいる鎖のようだ。

「しょうがないっやるかー」
 たまきはやっと一問目の答えに文字を書き込んだ。
「答え違う…」
「ハイ次。と、その前にお茶がもうないね。注文しよう」
「私はいいよ、別に。お店のお茶は高いんでしょ…?」

「お母さん!! オレンジとウーロン!! ピッチャーでっ!」

 たまきはふすまを開けて奥の厨房に叫んでいた。

「…今、なんて…?」
「オレンジとウーロン」
「そ… そこじゃなくて…」
「ピッチャーで」
「………道理でくつろいでるよね。さっきから…」
「ん? 何が?」

 私は何故か姿勢を正すのだった。