2016年3月12日土曜日

怪盗ロマンスは恋をしない ⅰ

「言ってみるといい」
 響先輩は私の目をじっと見つめる。
「私、その… 怖くて。…なんにもわからなくて…」

 私が密室に閉じ込められて、どれくらいの時間が経っただろう。

 星空が降り注いでいた。宇宙船の中に居るみたいだ。先輩とでなければ素敵な空間なのに。
 響先輩は腕を組んで静かに私の話に耳を傾ける。制服のスカートから覗く膝小僧。スラリと組まれた長い足。靭やかできれいな指先。
 大宇宙を背にして、先輩は天使のように微笑む。すべてを見据えるような微笑だ。

「…失踪… したんです」
「要するに盗まれたわけか。不可解な話だな」

 先輩は私の話を一通り聞いて、くすり… と口角を上げる。

 文化祭に出すための絵が1点 玉高美術部から失くなっていたという話だ。
 私の数少ない知り合いである有栖川の証言によると、今朝 登校したときには既に見当たらなかったという。絵が置いてあった場所は3階美術室、イーゼルスタンドにそのまま載せてあり、布がかけられていた。
 部屋はちゃんと施錠されていて、鍵は常に職員室に保管されている。

 不可解なのは職員室に通じる道の防犯カメラには怪しい人物はいなかったということ。つまりどうやって絵が盗まれたのかが謎だ。

 手がかりは『怪盗ロマンス参上』と残されたカードだけ。
 そしてこの事件を知るのは教職員と一部の生徒だけだ。

「有栖川さんに相談されたんですが、私にはよくわからなくて」
「ふむ。私が調べればいいのだな?」
「あの… そういうことでは… あ、でも… そうなのかも…」
「知ってることはすべて話すがいい。時間ならたっぷりあるんだからな」
「…え、でもだいたい出尽くしましたけど?」
「根掘り葉掘り言うんだ。友だちのことも君が誰が好きなのかもな」
「誰が… 好きとかは関係ありません」
「繋がることもあるだろう。関係ないように見えて」
「怪盗ロマンスとは無関係ですから…」
「そうかな? そんなふざけた名前をつけるような輩だ。何かヒントになるんじゃないか?」
「…え…っと、やっぱり関係ないです」
「チッ」


 地上に近づいていた。
 押し問答のような先輩の詰問に私は何とか耐えぬいて、冷や汗を拭う。
 しばらく続いた後に、私たちは短い宇宙旅行から帰ってきた。

「君の色恋沙汰は一番 興味あるな。そのための観覧車だったんだが。次はこうは行かない。必ず聞き出してみせる」
「ジャーナリズムじゃなかったんですか…。週刊誌みたいになってますよ…」
「せっかくのデートじゃないか。天才少女、萩原絢香の私生活に迫る。みんな興味あると思うんだが」
「…やめてください」


 相談があるなら観覧車に乗って話そうと先輩に誘われたものの、冷や汗が止まらなくなるとは思わなかった。酷い目に遭ったと思う。観覧車から降りて、私たちはそこで別れた。というより私のほうが逃げるようにして家路を急いだのだった。

 本当は相談するつもりなんてなかったのだけど、響先輩に捕まってしまっては私なんかが逃げられるはずもなかった。洗いざらい喋らされるところだった。
 でもこれで良かったのかも知れない。有栖川さんの相談は私には重くて、響先輩のが解決してくれるならそれでもいいのかもと思えた。
 私には何の手立てもないのだから。