2016年1月23日土曜日

姉には霊感のようなものがある

「神社にお参りしてから行こう」

 紗智は驚いて、思わず振り返って姉の顔を覗き込む。突然そんなことを言い出すなんてらしくないと思ったのだ。普段はクールで合理主義だが、霊感とも言えない霊感のようなものをときどき発揮してしまう姉だ。こんなことは以前にもあった気がする。

「え、今から?」
「うん」

 姉はどこに焦点が合っているのか解らない目をしていた。口が真一文字に結ばれて、歩んでいた足は揃って止められている。額には汗が滲んでいるのが見える。

 どこにでもある住宅街の道の真ん中で二人は立ち往生する。一軒家が立ち並んでいて、広そうな庭から犬と遊ぶ子どもの笑い声が聞こえてくる。ベランダには気持ちの良さそうな洗濯物たちが風になびいていた。

「でも図書館すぐそこだけど?」
「うん」
「今から神社なんて行ったら遠回りじゃない?」
「うん」
「…」

 紗智はため息を吐く。建物は目の前に見えているのに、この期に及んで行き先を変えたいと言うのか。頑固な姉だ、紗智が何を言っても神社へと行ってしまうだろう。
 彼女はどこか怯えたような表情だった。麦わら帽子が風に揺れて薄地のスカートがふわりと浮き上がる。
 遠くにセミの鳴き声が響き渡っていた。

 紗智は頭を掻きながら思いを巡らせる。
「…午前中の図書館って嫌いな知り合いでもいるっけ?」
「別に…」
「たまきには行くって言ってないから来てないと思うけど」
「来なくていい」
「じゃあ職員の人で感じ悪いのとか居たかな?」
「みんないい人だよ」
「んー… …暑いから早く入りたいんだけど?」
「お参りに行ってからでも遅くないよ。宿題は後でもできるでしょ」
「お参りだって後から行っても問題ないじゃん。あっちゃんはいいよ、さっさと宿題 終わらせてさ」
「ちゃんと手伝うから、先に神社 行こう」

 姉はとっとと踵を返していた。

「ここまで来て引き返すの? 二度手間だし暑いんだから早く涼みたいっ。てか何でお参り?」
「聞き分けのない…」
「私が悪いのか?」

 紗智は仕方なく姉の横に並ぶが後ろ髪は引かれていた。
 ちらりと図書館を見ると向こうからスーツ姿の男が歩いてくるのが見えた。うつむき気味で暗そうなコワモテのサラリーマンだ。幽霊だと言われたら信じると思う。

「ひょっとしてあの男の人が怖いとか? 夏なのに背広だもんね…」
「幽霊じゃないよ、あの人」
「そんなのわかってるけどさ…」

 冗談も通じない。どうしても自分のほうが聞き分けのない役になってしまうらしい。どっちが理不尽なのかをしっかり教えてやりたい。

「嫌な予感がするの」
「予感?」
「そう。あまり良くない匂いがする」
「におい?」

 紗智にはさっぱりだ。姉のように霊感?も強くなければ予感もない。そもそも霊の匂いってなんだろうと首を捻る。

「とにかくこの道は駄目」
「………はーん」

 紗智は以前に姉と図書館に来たときのことを思い出していた。そのときもこの道を通っていたはずだ。確かに嗅覚も他人より良かったっけ、この姉は。

「犬に吠えられたっけ」
「っ」


 姉の足が微妙に揃わなくなって歩くリズムが狂う。このままでは何もないところで転けるだろう。

「去年も確か同じことあったもんねー」
 紗智は振り返る。
 案の定、先ほどのコワモテサラリーマンが犬に吠えられるのだった。驚いて転けそうになっている。

「…ひ…」
「あっちゃん大丈夫?」

 紗智は姉に肩を貸してやった。また転ばないように。