2016年1月2日土曜日

みかん泥棒

 突然、要らぬ記憶のフタが開くことがある。
「みかん泥棒…」

 たまきの肩がビクリと震えた。
 みかんを手にしたまま。

「何を… 言い出すのかな? さっちゃんは…」




 それは小学生の頃の話だ。給食で出た私のみかんが失くなっていた。私は静かに泣いていて、誰が泣かせたんだなどと教室の中がちょっとした騒ぎになった。
 ほんの数秒間、後ろを向いて友達と話をしていた隙に消えていたわけだ。

 みかんを盗ったのは たまきだろうと思う。…が確証はない。


「いや、たまきってみかんよく食うなぁって思って」
「これっ? いやこれは違うよっ」

 たまきは二つ目のみかんを手にとって剥き始めたところだ。

「ちょっと! さっちゃん顔! なんか、いぶかしんでる!? 目! 怖い!」

「あのときも弁解してたっけ…」
「あのとき!? …
……え!?」
「別に… なんでもない…」
「よくわかんないけど濡れタオルだ!」



 給食のときは いつもたまきと机を向かい合わせていた。二人きりの島だ。教室の真ん中より後ろくらいだったと思う。話しかけてきたのは私の後ろの席の風間さん。彼女は男子と女子の混ざった大きな島を作っていた。
 人気のある風間さんの島はそのままクラスの勢力図を表している。大きな島の周りには私とたまきだけで、他の生徒は窓際か廊下寄り。


「ひびきが持っていったんだよう」
「響くんはそんなキャラじゃないでしょ?」
「誰も信じないんだ」
「だって、たまき以外にいないし。響くんは風間さんたちの島に居たでしょ?」
「持ってったのは確かに見てないけど、なんか近寄ってきた気がするような!」
「曖昧 過ぎてなんの証言にもなってなくない?」
「食べるのに夢中だったし!」


 響くんが席を立ったかどうかは定かではない。しかしたまきの周りにみかんを持っていくことが可能だった生徒は居ないはずだ。
 みかんは見つからず、私は誰も追及することをしていない。
 私が泣いた後も理由を言わなかったから事件が表面化することもなかった。

 事件の前段があって、風間さんはずっと自分の島に合流しないかと誘っていた。それは私に対しての誘いであって、たまきは含まれていない。
 たまきは孤立しやすい質(たち)なのだ。風間さんの意図することろなのか、たまきを嫌っていたのかは知らない。
 結局、卒業するまで二人の島のままだった。


 みかん泥棒事件は解決しないままだ。別に解決しなくても たまきが盗ったで一向に構わない。
 今から思えば風間さんが私を惹きつけている隙に響くんを使って盗らせたのではないかと、そういう考え方もできなくもないが、考えることにあまり意味はない。

 姉に事件を話したときに、そう指摘されて、そういう考え方もできるんだなと思ったくらいだ。真相なんてどっちでもいい。たまきが盗って食べたでいいではないか。


 たまきと私はいつも通り、私の家のこたつでくつろぐだけだ。
「別にそれ食べていいよ」
「これを泥棒って言われたら! そりゃ勝手に食べたけど!」
「みかん美味しいもんね」

「めっちゃ根に持ってるぅ… でも食べるけどさ」

 たまきはみかんを口に放り込みながらそう言った。