2015年12月12日土曜日

ストーカーには愛を

 尾行されていることに気付いたのは確か秋口。
 友人とよく行く呑み屋の帰りだとか、大学からの帰りで家に向かっているときだとか。
 とにかくかなりの頻度で彼?彼女?が僕の後をつけている。
 僕は特にタレント性もないし、悪の道に足を突っ込むようなダーティな面もない。
 身に覚えがないわけだ。
 一体誰が後をつけているのだろうか?
 ストーカーにしては身の危険を感じるような狂気はどこにもない。
 ただ尾行されて、僕を観察している風だ。
 だとしたら、相当の暇人である。
 彼女だとして、純情可憐で恥ずかしくて僕の前に出られないで片想いを言えないでいる。
 と考えておくのが一番しっくりくる。
 もうその線しかないだろう。

 僕はバイト先のコンビニで恋人である千夏に相談する。
「変態やん」
 彼女はとても驚いていた。
 変質者なのはストーカーをする者のことか、それともモてると思い込む僕のことなのか。
 そしてこともあろうにそのストーカーを捕まえて直接理由を聞こうと言い出した。
 千夏は煙草を吸いながら、客足を防犯カメラでチェックしていた。
 僕は交代の時間になるまで雑誌でも読んで過ごすことにした。
 ストーカーの件は賛成も否定も、まして協力もするつもりもなかった。
 千夏に話して良かったのだろうかとさえ思う。
 ストーカーさんの方が心配だ。

 真冬の寒さが身に沁みる頃、僕は大学の食堂で熱いラーメンを口にしていた。
 視線を今も感じる。
 千夏は初め犯人探しに躍起になっていたが、このところは諦めて何処だかのロック歌手に夢中になっていた。
 僕の後を注意深く目を光らせていたようだが、それらしい人影すら千夏には見えなかったと言う。
 食堂は今、辺りには誰も居らず閑散としている。
 相手は素人ではないということか。
 それとも千夏が浅はかなのか。
 とにかく視線はねっとりとしていた。

 外に出て、友達と待ち合わせの場所まで歩いて行くことにする。
 夕方、乾いた空気が心地良い。
 ふともしかしたら幽霊なのかも知れないと思った。
 僕はそういったものを全く見たことはなかったけれど、あり得ないことでもないと妙に納得してしまった。
 もしかしたら守護霊という奴だろうか。
 律儀に一定間隔を保ったまま後を付いてきてくれるわけだ。
 何をしてくれるわけでもないだろうけど。
 友人は時間通りに小さな公園で待っていた。
「待った?」
 お互いに近況を話し合って、呑み屋に向かう。
 僕は友達を滅多に作らないが、自分にプラスの影響を与えてくれるのなら誰彼構わない。
 もう半年、いや一年ほどになるのだろうか…。
 そういう意味で大学は面白いところだ。

 冬が終わりを告げる頃。
 僕の小奇麗な部屋において。
 千夏は突然に別れ話を切り出した。
「ナルシスト」
 理由はよく解らない。
「そこが好きなんじゃなかったっけ」
 僕はバイトを辞めることにした。
 その理由もよく解らない。
「もうすぐ友達が来るんだ。それまでに」
「解ってるよ」
 散らかっているのは千夏の荷物ばかりだ。
「そっか。別れ話した途端にその"お友達”なわけ?」
「何か勘違いしてるな。それ」
 意味のない議論だと思う。
「その子とよろしくやったら?」
 千夏はそう言い残して出て行った。
 荷物は捨てても構わないものばかりだということだろうと勝手に納得する。

 春が来て千夏が自殺したと風の噂で耳にした。
 信憑性は薄いが。
 そしてストーカーもピタリと居なくなった。
 僕は研究の道に進むことを決めて、ますます引き隠りになる。
 数少ない僕の友人たちも学徒になる奴が多かった。
「僕の駄目なところは自分の駄目さ加減を自覚してないってところさ」
 千夏の写真に向かって独り呟く。
 だから僕は。
 部屋を出て友達との待ち合わせ場所に向かうことにする。