2015年11月28日土曜日

従順な部員は奔走する

 たまきは全力で走っていた。
 遅く起きた朝にスマホのメッセージを見て慌てた。寝ぼけ眼が一気に覚める。
「早く行かないとっ」

 響先輩が待っている。
 いつからこんなにも、誰かのために全力が出せるようになったのだろう。自由に自堕落に生きていた頃が懐かしい。

 スマホを持つようになって、先輩とIDを交換して、途端に毎日が忙しくなった。部活では常に先輩の指示のもとに走り回っている気がする。いや部活以外の時間も先輩に捧げているのか。
 授業中に抜け出すこともあったし、遅くに呼び出されて部室で夜を明かすこともあった。
 響先輩のきれいな指先や先々まで見通す切れ長の目。自分にはない発想や指導力も憧れる。自分にできることならなんでもやろうと思った。
「早く来い」と命令されれば朝食の途中であってもトーストを口に挟んで走っていくだろう。

 改札でタッチがうまく反応せずに通り抜けられなかった。
 制服のスカートがふわりと浮いて、用水路を飛び越える。

 近道をして学校へ辿り着いた。
 校門は閉まっていたが、侵入する方法ならいくらでもある。スマホのアラームが響いた。たまきはメッセージを手早く確認して、よじ登った木を飛び降りる。侵入するためには、その木を経由するのが丁度いい。

 校内に入って階段を駆け上がる。息を切らしていた。
「せんぱい!」

 たまきは目を輝かせて部室に飛び込んだ。

 どんな試練だって乗り越えられる。先輩から外国の祭りを取材してこいと言われれば、また走ってしまいそうだ。実際に北海道へ飛んだこともある。そんな部費がどこにあるのかなんて知らないけど、考える前に足が動いていたのだ。

「…あ …れ」
 しかし部室には誰の姿もなかった。

 たまきは肩で息をしながらスマホを見返した。

<早く来い
       今すぐ行きます!!>

 てっきり部室に呼び出されたと思っていた。変だなと思いながら たまきは先輩に急いでメッセージを送る。

       どこ!!?>
 返事はすぐに帰ってくる。

<自分の教室だが?
<君はもしかして部室にでも行ったんじゃないだろうな?
       はしってきましt!!>
<いや、君も自分の教室に行けよ。早く行かないと遅刻するぞ
       はい!!?>

 たまきはしかし始業時間がたった今 過ぎたのを部室の時計で確認した。そして始業ベルが鳴り響く。
 遅刻はいつものことだと思っていたけれど、先輩のために たまきは自分の教室に向かって走るのだった。