2015年11月21日土曜日

三日月の夜の魔力が失われる

 私はベランダに出て夜空を見上げていた。雲がかって、わずかに見え隠れする三日月を指でなぞった。ゆっくりと願い事を口にして。

 私だけの魔法があるのだ。

 人差し指で三日月をゆっくり時間をかけてなぞると願いが叶うというものだった。
 幼い頃にそうやって願を掛けると不思議とうまくいくのだ。成功のジンクスと言い換えてもいい。
 期末テストの好成績や運動会の参加回避に効果を発揮して私はこれまで難局を乗りきってきたのだ。

「あっちゃん! 早く食べちゃって!」
 苛立ちのこもったお母さんの声が聞こえてきた。家族は既に夕食を済ませて私の分だけが残されている。トマトの乗ったサラダに福神漬の乗ったカレーライスだ。しかし私にとっては優先すべき重要な儀式である。

 好機は今しかない。三日月の夜は時間が限られているんだ。

「ずっと好きだった… 小さいときからずっと…」
 これまでの経験上で解っているのは、魔法は対人には無効だということだ。そんなに万能ではないのだ。自分の努力でどうにかなるものだけに効果がある。ドーピングようなもので、自分に催眠をかけるようにして成功している姿を想像する。
 もし意中の人に告白をするなら、自分の魅力を高めることしかできない。相手が必ずOKしてくれるわけじゃない。
 今日は雲が多い。魔法の効き目は弱いかも知れないと思う。
 告白なんて大それたこと、この程度の魔力ではするつもりはないけど。

「あっちゃん? 好きな人でもいるの?」
 妹が後ろで私をバカにする。
 魔法のことを知っているのは さっちゃんだけだ。
 告白がうまくいくように願っていると思っているのだろう。

 答えるのも煩わしい。そう思わせておけばいい。
 集中しなければ成功のイメージが掴めない。

「集中…」
 集中が途切れると成功しないことも多い。そう言えば大人になるにつれて魔力は落ちてきている気がする。だから、ここぞというときにしか魔法は使わないと決めていた。
 
「あっちゃんの好きな人って、同じクラスの人?」
「…」
「そろそろ風邪引くよ? 空気冷たいんだから」
「…」

「いつまで遊んでんのよ!」

「お母さん怒ってるよ?」

 私は二人に邪魔されて魔力が削がれたと思った。
 限界だった。
 夕食の後でまた続きをやればいい、というわけにはいかない。
 本当に今やらなければ意味がなかった。

「あ、終わったの?」
「…別に」
「お母さん怒ってるから諦めた?」
「完璧じゃないけど、…たぶん …成功できると思う」
「お、告るの!?」
「…何 言ってんの?」

 ずっと好きだったはずだ。食べられるに決まっている。

「いつまでも片付けられないでしょ! お姉ちゃんなんだからしっかりしてよっ」
「ぅ…ん」
 魔法が利かないのは気が散ったせいだと思う。
 私はお母さんの小言を浴びながらトマトを見つめていた。