2015年10月24日土曜日

その言葉を、先輩は待っている

「どうした? 遠慮するな」
 響先輩が口元に笑みを湛(たた)えて、私に問いかける。
 何を見ているのだろうか。
 私の目をしっかり見てはいるけれど、彼女の目線の先には、何か冷たいものがあった。

「はぁ…」
 私はプレッシャーに押し潰されそうだ。
 恐怖感すらある。
 コーヒーカップを手にするのもためらわれる。どっちにしても猫舌だから飲めないけど。
 響先輩は私の言葉を待っているのだ。新聞の「見出し」の裏付けが欲しいのだろう。
 なんと答えていいものか答えあぐねた。

 響先輩から改めてコンクールについて取材をしたいと申し込まれて、私は指定された喫茶店へと訪れた。薄暗い照明と木のぬくもりや手触りが独特の雰囲気を醸し出している店内だった。
 私が喫茶店に来る前から先輩はずっと待っていたようで、飲みかけの珈琲とカラになったフルーツパフェのグラスが残されていた。ずいぶん前から待っていたのだろう。
 彼女は精悍な顔立ちで何ごとにも自信に満ち溢れている表情をする。腕を組んで、さらに足を組む、そんな彼女に頼まれれば、私は嫌だとは言えない。

 だから緊張もするし、自分には何もできないのではないかとも疑う。
 注文だって響先輩は私の好みを聞かずに勝手にウエイトレスさんに「同じものを」と頼んでしまったし。

「遠慮するなと言っている。君がためらえば ためらうほど 珈琲の熱も冷めてしまうだろう。言いたいことがあるはずだ。一思いに言ってしまういい」
  口元に指を充てて響先輩は私の目を射抜く。その傲岸不遜な態度は、しかし彼女にこそ似合う。私はつい上目遣いに響先輩を見てしまう。

「はい… えっと…」
 言うべきだろうか。

「言ってしまうといい」
「でも… あの…」
 私は意を決する。

 あらかじめ見出しを決めてから取材に臨むスタイルがあるのは知っている。それはジャーナリズムとしてどうかと思うけれど、玉高通信などという学生レベルの活動にケチをつけるつもりはない。
 だけど私の権利や気持ちがないがしろにされてはいないか。
 響先輩が求めている言葉は私の心からの言葉ではないのだ。

 誠意を持って応えれば変な見出しは撤回してくれるかも知れない。

「いえ、大賞を取るなんて自信はありませんでした」

 私は事前に新聞の掲載原稿を見せてもらっていた。昨日のことだ。メールに添付されていた。そこにはいかにも自信たっぷりで私が賞を取るのは当然だと書いてあったのだ。私がそんな発言をしているかのようだった。そんなのは事実に反する。形だけの取材で私に虚偽の裏付けを取ったって無駄だと思う。
 大賞をもらえたことは今でも不思議でしょうがないのだ。

「私は君の実力なら自信を持っていいと思う」
「はぁ…」

「だが、そんなことは訊いていないよ」
「…へ?」

 私は思わず聞き返してしまった。
 彼女の求めている答えとは、ちっぽけな私が思い悩む次元とは異なっていたのだ。

「ふふ… 気づいているのだろう? さぁ遠慮せずに食べるといい」
 響先輩は指を差し向ける。
 私に目の前のフルーツパフェを勧めているのだ。

「えっ… と… あの…」
「遠慮はいらない」
「え… あ…」
「君は言いたいことを言えばいいのだ。新聞にはもちろんありのままを書こう」

「あの… これ… どうぞ」
 私はフルーツパフェを響先輩の方へと差し出した。

「ん、そうか。頂こう」
 響先輩はためらいなく細長いスプーンを手にした。

「きっといい記事になる」
「そうですか…」
 私はコーヒーカップを手にして、やっと飲める温度まで下がった珈琲を口にする。
 そして何が正解だったのかをしばらくの間、考え続けた。