2015年10月10日土曜日

ノイズ 〜理由を考える〜

 彼女が何故 怒っているのか解らない。

「何で怒ってるの?」

「…」
 彼女はフイッとそっぽを向くわけである。

 喫茶店のテーブルには水の入ったグラスが二つ。
 客の多い時間帯を避けたというのに、店内は結構 繁盛しているようだ。
 何気に満席になってきたし、待っている客も出てきたみたいだし。

 彼女は窓の外を見つめたまま口を尖らせている。

 僕はメニューを見ながら考える。

 この場合、「私に聞かずに自分で考えろ」という問題が提示されていると考えるべきか。
 理由を想像するに様々なことが考えられる。
 一度目の回答で確実に正解しなければ「鈍感」の烙印を押されるだろう。
 愛がないのね。
 きっとこうなるわけだ。
 通じ合っていない証拠としてこのことは後世 語り継がれるだろう。

 周りの雑多な会話が耳に入ってくる。
 思考の邪魔でしかない。

 予想される答えは幾通りもあり、これを順番に言っていくか。
 外れる度に、逆に怒りを買うのかも知れないが。

 ウエイトレスが意味有り気にこちらを見ていた。 ギクシャクしたカップルのちょっとした修羅場がそんなにおもしろいのか。

「海でも見に行こうか?」
 僕の言葉に彼女が反応した。
 これは意外と効果的だったのかも知れない。
  
「また荒れた海でも見にくの?」
 猫のような瞳で僕の濁った目を覗きこむ。
 彼女はまた窓の外を向いてしまった。

 通りには行き交う人がたくさん居て、今の彼女にはそれが一番の感心事のよう。
 少なくとも先月 見に行った渦潮よりは暇潰しになるか。

「私が何で怒ってるかって?」
「この間の新しく買った帽子が似合うかどうかの問題なら…」
「違います」
「…」
 一体何が問題なのか。
 それが問題だ。

「メニューはお決まりですか?」
 ウエイトレスが注文をとりに来た。
「すいません、もう少し考えさせてください」
「はい…」
 ウエイトレスはその場を後にして仕事に戻る。

 注文もせずに居座っている客なんか迷惑なんだろう。 

 彼女はぴくっとこめかみが動いて、さらに眉根を寄せる。
 今の僕にはそんなメニューより、彼女の怒りが何に起因しているかという問題の方が重要だ。
 もう降参しようと思うけど。

「早く決めて」

「君が何故怒っているのか、それを先に解決したい」
「だったら早く決めて」
「?」
「待ってる人も居るんだから」
 きっと彼女にとっては、僕の愛情の深さより昼食なのだろう。

 僕はメニューをながめながら、世間体より、やはり彼女の機嫌を直す方法を考える。