2015年10月3日土曜日

日は昇り、このままだとまた沈んでしまう風景

 特に今日に限っては気が進まない。
 
 「僕は…」と言いよどんで響 和毅(ひびき かずき)は姉を見る。

「何が言いたい? はっきり言うといい」
 響 里伽子(ひびき りかこ)は口ごもる弟をまっすぐに見つめるだけだ。


 平凡で何もない和毅には里伽子の存在がまぶし過ぎる。
 勉学の成績からスポーツの成績まで彼女には不得意分野がないのだ。
 同じ血を引く姉弟なのに、あらゆる才能を持っていかれた気分だ。
 和毅は生きていくことさえホトホト嫌になる。

 雀たちが二人の頭上をしばらく飛び回り、やがてどこかへ消え、そして沈黙がやってくる。
 もともと口数の少ない里伽子は何も言わず、優しい眼差しを弟に向ける。
 引きこもるなと目で語りかけているようだ。
 グズる弟を、座して待とうという里伽子。

 真夏の陽射しが強まる。
 もうプール開きの季節かと和毅は頭の中で反芻する。
 時間だけが過ぎていく。
 気怠く重い空気の中、辺りは清々しい陽気に満ちている。

 和毅は迷っていた。

 ジョギングをする人たち。
 通学路を行く小学生の列。
 どこかで踏切の音が鳴っている。
 配達のバイクが近くの道路を駆ける。


「お母さまに『首に縄をつけてでも連れて行け』と言われているのだ。熱い湯でも飛び込んでしまえば案外 慣れるんじゃないのか。どうするかは、お前の勝手だがな」
 里伽子は少し怒っているようにも見える。当たり前だろう。弟のせいで遅刻してしまうかも知れないのだ。

 それでも姉は常時こういう態度だったかなとも思う。毅然としていて厳しいところもあり、それでも面倒見はいいのだ。怒っていてもどこか優しさがある。

 だが さすがに和毅の登校拒否を何度も見過ごしてはくれない。

 手を引いてもらうか、尻を叩いてもらわなければ前に進めない。和毅はコンプレックスを抱えてすぐに立ち止まってしまう。

 和毅は里伽子にいつも助けられていると自覚している。里伽子に依存し過ぎなのかも知れない。
 それでも和毅は現実に向き合うことができないでいた。
 和毅は不甲斐ない自分に悔しさを覚える。


 里伽子は和毅を見飽きたのか、すっと踵を返す。

 小さくて華奢な背中が立派に見えた。
 「敵わねぇな…」と和毅は唇を噛むのだった。

 和毅は今、情けなくて、見捨てられても仕方がないような状態なのだろう。
 和毅は里伽子に一言 伝えておかなければならないと感じた。

「僕は、やっぱり… 帰るよ」

 里伽子は振り向いて睨みつけるようにして和毅を見据える。

「学校の何がそんなに嫌なのか理解に苦しむがね。お前は感傷に耽りすぎだ」
 里伽子はそれだけ言って、学校に向かい歩き始める。
 言葉少なに会話を打ちきって、和毅の言葉を待たない。
 こういうときの里伽子は有無を言わさず和毅を学校に連れていくつもりなのだ。
 このまま帰れないということ。

「だって今日の体育、水泳なんだって。チョー憂鬱なんだ」

 深刻な悩みほど、他人から見れば滑稽に映るもの。
 和毅はため息をついて大人しく歩き始めた。