2015年9月12日土曜日

捨て猫と捨てられない姉の命題

「ん… ふしゅっ!」

「あれ? あっちゃん… 風邪?」
 紗智は珍しいなと思った。姉が風邪を引くなんて、数年ぶりのことだ。

「んん…」
「学校 休んだ方がいいんじゃない?」
 紗智は心配そうな表情をする。

 紗智と姉の絢香は制服姿で、二人 仲良くこれから学校へ行くために玄関を出たところだった。それなのに先程まで元気だったはずの姉に異変が起きたのだ。
「ん…。…え? …違うよ?」
 絢香は何食わぬ顔で否定する。
「パパもなんか昨日から熱っぽいって言ってたような… 伝染(うつ)されたんだね」
「学校は… ちゃんと行くよ」
「そう?」
 んふーっと紗智は鼻でため息をついて歩き出す。絢香は強情なのだ。コレと決めたらテコでも動かない、いい性格をしている。

「まあいいや。ほら急がないと遅刻しちゃうよ、あっちゃん」
「別に… 伝染(うつ)されてないから。あ… さっちゃん、待ってっ」
 絢香は紗智に置いていかれそうになる。

「あっちゃん、今日 期末テスト?」
「うん」
「遅くまで勉強してたもんね。眠たそう」
「そうかな?」
「そうだよ」
 紗智は姉のこと猫のようだと思ってたが、どうやら思い違いのようだ。だいたい猫と言うなら環のほうが猫っぽい。

「あっちゃん、もっと目を開けた方がいいよ。半目になってる」
「んん… うん」
「あっちゃん、身長伸びた? わたしと変わらないと思ってたけどなぁ」
「あー… そう… かな」
「ん? あれ? 公園の隅に何かあるっ」 
 紗智は駆け出して姉より数歩 早く公園の前に辿り着く。

「さっちゃんは猫背なんだよ」
「ちょっと捨てられた仔猫っぽくない?」
 紗智はダンボール箱を発見していた。
「え? だから猫背…」
「そうじゃなくて」
 スカートがふわりと浮き上がるのも気にせず、紗智は手すりをジャンプして乗り越える。
「ほらっ 捨て猫だっ」
「…えぇー…?」
 絢香は公園の入口まで迂回して紗智のところまで歩いた。紗智の後ろからダンボール箱を覗き込む。
「わぁ…」

「にー」
「みぅ」
「な〜」
 消え入りそうな鳴き声だった。
 紗智は頬を染めて口元を緩める。
「か… かわ い い…」
「わぁ…」
 絢香も紗智と一緒になって座り込む。二人の少女に覗き込まれた三匹の仔猫。

 紗智は姉の表情を見るが口を開けている程度で、大して変化がない。
「どうしよう、あっちゃん?」
「わぁ」
「ちっちゃいよ、あっちゃん」
「ミルク… 猫じゃらしとか…」
「生まれて間もない感じだね、あっちゃん」
 可愛らしく振舞う猫たちにハートマークが浮かぶ紗智。
「ダメだっ かわいすぎるっ」
「いつ… 捨てられたのかな?」
「ほらっ 指 噛まれても痛くないっ」
「んん…」
「あっちゃん?」
「飼う…」
「え?」
 紗智は現実に引き戻される。

「んっ… 飼わなきゃ…」
「えー?」
 絢香はおもむろにダンボール箱を抱えて歩き出してしまう。
「ちょ… ちょっとっ」
 紗智は慌てて姉のカバンを拾い上げて後を追う。
「遅刻しちゃうよ?」
「んん…」
 絢香は口を尖らせていた。

 紗智の心配をよそに絢香の決意は固い、ずんずんと歩いて行くのだ。学校とは逆方向に。
「ママが許してくれないよ?」
「ん…」
「学校で飼い主 募集するポスター作るみたいな? ああいうのやろっ」
「んん… ん…」
 それでも絢香は家の玄関まで戻ってくるのだった。

「捨てた人だって別に、ウチに飼って欲しいからウチの近くの公園に捨てたわけじゃないんだよ?」
「ん…」
 頑なな姉だ。
 会話もすぐにシャットアウトする癖がある。
 でも駄目だと解っていても、確かに猫を見捨てていけない気持ちは紗智にもよく解った。



「ダメよ」
 ママならそう言うと思った。紗智は心配そうに姉とママのやり取りを見守る。

 玄関での攻防だ。
「返してきなさい」
「ちゃんと… 面倒… 見…」
 絢香は泣きそうだった。
「でもダーメっ」
「んんんん…」

「あっちゃん、諦めよう。学校で飼い主 探す方向でさ、手を打ちませんか?」
 紗智は聞き分けのない姉の制服の袖を引っ張る。

「ん… ふしゅっ!」

「ほらー、パパもあんたも猫アレルギーなんだから。無理に決まってるでしょ」

「でも…」
 絢香の鼻から鼻水が垂れていた。

「でももヘチマもないのっ! あんたたち遅刻じゃないの! クルマで送るからガレージ回りなさい!」
 ママはどすどすと足音を響かせて行ってしまった。カギを取りに行くみたい。

「にー」
「みぅ」
「な〜」

 紗智は学校に行ったら、まず職員室に行って… などと仔猫の処遇を考える。
「あっちゃん、猫が捨てられたの昨日の夜だってことは確実だね」
「んん…」 

「それ ひょっとして、くしゃみ我慢してるの? ほらハナ拭いてっ」
 カバンからポケットティッシュを取り出して絢香のハナを拭いてやる紗智だった。