2015年8月29日土曜日

文学少女、未明の衝動

 最悪だ。
 思考を巡らせる。

 状況証拠から言って彼女が犯人であることは明らかだ。

 床に倒れている体操服姿の環。
 その服は赤く染まっていた。致死量を超えた血の量と言える。

 もはや手遅れだ。

 この部屋には環を除けば彼女だけ、第一発見者もまた彼女だ。
 萩原 絢香(おぎわら あやか)は玉高 始まって以来の天才少女。

 響 里伽子は しかし腑に落ちていない。
 「あ… あ…」
 萩原にはこんなことをする理由がない。
 だいたい凶器はなんだ?
 窓から捨てたか?
 しかし窓は血に汚れることなくカギが閉まっている。
 隠せる場所は他にないか?

 萩原は泣きそうに おろおろと真っ赤に染まった手を前に浮遊させている。
 返り血を相当 浴びていた。

 何故、彼女がそんなことをしてしまったのか、響は純粋に興味が湧いた。
 その理由を知りたいと思った。

 『天才文学少女、未明の衝動で怨嗟の血に染まる』

 響は思考を巡らせる。


 この視聴覚室のカギは閉まっていたと記憶している。響と環が徹夜をして朝方 帰るときに閉めたはずだ。
 環は一度 帰宅してからまた早朝に仕事に取り掛かっていたと思われる。がんばり過ぎる奴だとは思っていた。「いったん帰ってまたすぐに続きに取り掛かるんすー」などと言っていたなと響は思い返していた。それが最期の言葉とは哀れだ。


 つまり環が先に視聴覚室に入って、後から萩原がやってきた。

 響も環も学校には黙って徹夜している身分だ。バレないように内からカギを掛けて仕事をするはずだから、環 自身が萩原を招き入れたのだろうか?

 響は作文コンクール最優秀賞の萩原への取材のために、この視聴覚室を待ち合わせ場所に指定していた。視聴覚室を選んだのは響だ。萩原には計画性は感じられない。

 三階の角部屋では第三者による窓からの侵入など不可能だが…。

 やはり偶発的に萩原と環がトラブルを起こして誤って殺してしまったという線か。

 だが響は推理を構築する。
  もしやこれは萩原を陥れるために真犯人が仕組んだのではないか。

 可能性はどちらもあり得る。

 響は「ふむ」と目を細めて、ほくそ笑む。
 玉高通信には『事件』が足りないと思っていた響にとって、またとない格好のネタだ。

「ぁポスター… ふへ… すい… ません…」
「何を言う。そんなものは環が徹夜すれば また作れる。気にするな」

 床に広がるポスターカラー。
 混乱する萩原。


「起きろ、環。ポスターは作りなおしだ。寝ている場合かっ」
「むにゃ〜…」
 環は響に腰を蹴飛ばされると寝返りを打った。

「あ… の…」
「まあ、本当に気にするな。会員募集のポスターは無残なことになっているが、こいつが勝手に寝ぼけてこぼしたんだろう?」
 響は手遅れになったポスターとポスターカラーを浴びた環を指さして言った。

 萩原は おろおろ とするだけ。

「センセーショナルな事件であればあるほど耳目が集まるんだ。見出しで煽(あお)っておいて、真相は大したことなかったなで別に構わない」
「…へはぁ」
「私は面白おかしく書ければそれでいい」
「なにを記事にするんですかぁ…? コンクールの取材は…」
「そんなのはいつでも書ける。事件が先だ」
 それより最悪の見出しを考えなおそう。
 響は訴求力が甘いと思い直して、思考をまた巡らせ始めた。

 転んでもタダで起きさせないのが鉄則だ。